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補完的保護とは何か?

(Updated: 2023.3.9)

難民条約上の難民には該当しないものの、他国での保護を必要とする人を保護するための仕組みを「補完的保護」と言います。例えば、命の危険や拷問、品位を傷つける取扱いなどを受けるという合理的な危険を有する人が、保護対象として挙げられます。難民条約による保護を「補完」する枠組みとして、各国において、長年にわたって制度化・運用されてきました。

2023年1月現在、日本にはこのような「補完的保護」の仕組みはありません。2021年に政府が通常国会に提出し、その後廃案となった「出⼊国管理及び難⺠認定法」の改正案(以下「2021年入管法政府案」)では、補完的保護の導入が提案されていましたが、各国よりも狭い定義で、国際基準を踏まえないものでした。

また、2022年3月以降のウクライナ難民の受け入れに際して、紛争から逃れた人を保護する枠組みとして「補完的保護」(または「準難民」)が再度注目を集めていますが、これは、日本独自の傾向といえます。なぜなら、難民条約は紛争から逃れた人にも適用されるのであり、「紛争から逃れた人は、補完的保護でなければ保護されない」というのは、本来の難民保護のあり方を踏まえない、誤った見解だからです。

このような誤解を含めた現行の難民認定制度の様々な課題を解消し、紛争から逃れた人も含めて、難民として保護されるべき人が保護される制度が確立されてはじめて、補完的保護の導入は意味を持ちます。

この記事では、「補完的保護とは何か?」「補完的保護の導入によって、日本の難民保護の課題は解決されるのか?」といった疑問に答え、他国から逃れた人を保護するために、日本が導入するべき制度のあり方を考えます。

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1. 補完的保護とは何か

(1)補完的保護の対象は?

まずは、言葉の定義から始めましょう。補完的保護とは「難民条約上の難民には該当しないが、国際保護を必要とする者を保護し、かつ、そのような者に国内法上の地位を付与する法的枠組み」を指します。

A. 難民条約上の難民には該当しない
(図1: 難民支援協会作成)

最初のポイントは「難民条約上の難民には該当しない」という点です。難民条約において、難民とは「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由とする」「国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない」等の要素に当てはまる者と定義されています。この定義に当てはまらないが他国での保護を必要とする人が、補完的保護の対象となります。

B. 国際保護を必要とする

次のポイントは「国際保護を必要とする者」という点です。各国で様々な補完的保護の対象者が示されていますが、総合すると、最低でも「①恣意的な生命の剥奪、②拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取扱い又は刑罰、③無差別暴力による生命、身体の安全又は自由への重大な脅威」を受けるという「合理的な危険を有する者」が保護対象となります。

①や②は、日本が批准する国際人権法(拷問等禁止条約や自由権規約)に基づくものです。例えば、国際人権法が禁止する「拷問」から誰もが守られる世界をどのように実現するのか。国内での拷問を禁止するだけでは、「誰もが」守られる状況は実現できません。そのような拷問が行われる可能性がある国に対して、たとえその国の出身の人であっても、本人の意に反して送還を行わないこと。これも、すべての人が持つ権利を国際社会全体で守っていくために、必要な取組みなのです。

そのような考えに基づいて、拷問や非人道的な取扱い等を受ける国への個人の送還を禁止する国際人権法上の規範が確立してきました。一般的に、ノン・ルフールマンの原則1(ルフールマンはフランス語で「送還」の意)と呼ばれ、難民を含む国際的な保護を必要とする人を守るにあたって、中心的な役割を果たします。

補完的保護の根拠となる国際人権法(下線追加)

<拷問等禁止条約>

3条1項 締約国は、いずれの者をも、その者に対する拷問が⾏われるおそれがあると信ずるに⾜りる実質的な根拠がある他の国へ追放し、送還し⼜は引き渡してはならない

<自由権規約>

6条1項 すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。

7条 何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。

<自由権規約委員会による見解>

締結国は個人を、犯罪人引渡、追放、又は送還によって、他国に対する帰還の際における拷問又は残虐な非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い、又は処罰の危険にさらしてはいけない(一般的意見20、9段落)

領域内にある個人、及び、その管轄の下にあるすべての個人に対し(略)規約第6条や7条に規定されているような回復しえない危害が及ぶ真のリスクがあると信じうる十分な証拠があるとき、その者を本国に送還したり、国外追放したり、もしくは領域から移転してはならない義務を必然的に伴う。関連する司法及び行政当局は、かかる問題において、規約義務の履行が確保されるよう、配慮が向けられなければならない(一般的意見31、12段落)

C. 国内法上の地位を与える

補完的保護の対象は、いうなれば、難民条約上の難民とは認められないものの、自分ではどうしようもない事情によって、出身国で危険な状態に置かれ、国際的に守られる必要がある人たち。ただし、危険な国への送還を禁止するだけでは、その人の安全や権利を守ることにはつながりません。よって、補完的保護には逃れた先の国で安定して暮らすための「国内法上の地位」(在留資格など)が伴います。これは、国家の裁量によって自由に判断ができるものではなく、法に基づく権利であるということもポイントです。その点でいわゆる「人道配慮」とは異なります(後述)。

(2)どのような人が補完的保護対象になり得るのか?

拷問や非人道的な取扱い等を受ける国への送還からの保護ということを説明しましたが、では、具体的にどのような人が補完的保護の対象になりえるのでしょうか。例として以下が挙げられます。

  • 無差別暴力の脅威から逃れた人:例として、紛争から逃れてきた人などが当たります。ただし、紛争から逃れた人も難民である可能性があります(後述)。
  • 難民条約上の迫害の定義は満たさないが、合理的な危険を受ける可能性がある人
  • 子ども:子ども本人やその保護者を送還をすると子どもの権利条約に定める子どもの権利を侵害することになる場合など。

※ 難民とは異なり、補完的保護の定義や地位を定めた条約はありません。代わりに、ある人が送還された場合に置かれ得る状況が、国際人権法の違反にあたるかどうか、という判断を通じて保護対象が決まっていきます。上記は条約の解釈や当てはめに関する国際的な議論を通じて確立されてきた保護対象です。

より詳しく見ていきましょう。

(1)Bで述べた補完的保護の基本的な対象のうち、②の「拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取扱い又は刑罰」への該当性を判断するにあたっては、条約機関や欧州人権裁判所による数々の判例や解釈基準との整合性が求められます。例えば、「拷問」には、身体的なものだけではなく、精神的な手段による拷問も含まれます。「非人道的な取扱い又は刑罰」の例として、身体への重大な攻撃や、心理的尋問、残虐な条件下の収容や拘束、現実的で差し迫った拷問の脅迫が挙げられます。「品位を傷つける取扱い又は刑罰」には、例えば、犠牲者に恐怖や苦悩、劣等感を覚えさせ、屈辱を与える取扱いが含まれます。このような状況に個人を送還すること自体が、国際人権法の定めに反するとした事例を、いくつか紹介します。

〇 国連自由権規約委員会や欧州人権裁判所、各国の裁判所によって「拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取扱い又は刑罰」に当たるとの判断がなされた事例2 

  • ガス窒息による死刑を行う国(アメリカ)への送還
  • 現在受けている治療を継続することができない国(イラン)への送還
  • 庇護希望者が極度の貧困状態に置かれる国(ギリシャ)への送還
  • 恐喝を受け、精神的な恐怖を感じてきた国(エルサルバドル)への送還
  • 非正規移民や庇護希望者が劣悪な収容・拘束環境に置かれる国(ギリシャ、リビア、イタリア、スリランカ)への送還。
    ※「劣悪な収容・拘束環境」の判断要素として、独房の衛生環境、同房者や刑務官による虐待、複数人監房や過密状態、度重なる移送や移送中の被収容者の保護、独房監禁、ビデオによる独房の監視等が挙げられます。
  • 居住経験がない国への送還

③の「無差別暴力」は、武力紛争を含めて、個別の状況に関わらず、個人が暴力に晒される状況を指します。ただし、このような状況でも、難民の定義に当てはまる場合は、難民として保護されます。特に、紛争から逃れた人が難民として保護されてきた実態について、後ほど詳しく説明します。

①〜③の定義は、あくまで最低限の保護対象として扱われる必要があります。他にも、例えば、子どもの権利条約では「児童に関するすべての措置をとるに当たっては(略)児童の最善の利益が主として考慮される(3条1項)」とされており、子どもの最善の利益の観点からも、補完的保護の必要性が生じます。そのほかにも、公正な裁判を受ける権利の侵害や、家族生活の尊重を受ける権利の侵害なども、補完的保護の根拠として認められてきました。

大切なのは、補完的保護とは、あくまで難民条約による保護を「補完」する枠組みだということです。難民の定義に当てはまる人は、補完的保護ではなく難民として保護されなければなりません。難民として保護するべき人を保護する制度の確立が、優先して行われる必要があります。

◎「避難民」との違い

他国から逃れ、保護を求める人を指す言葉として、「避難民」という言葉が使われることがあります。日本では、特にウクライナから逃れた人を指す言葉として使われていますが、これは「難民」や「補完的保護」のように国際的に定義された言葉ではなく、日本独自の用語ともいえます。

「避難民」であることは、ウクライナから逃れた人が、難民ではないということを意味しません。UNHCRは、ガイドライン3の作成などを通じて、紛争下での無差別的な暴力から逃れた人にも難民条約が適用されることを明示し、紛争下で発生する「迫害」の例も示しています。実際に、国際機関や多くの国において、ウクライナから逃れた人は難民申請の有無に関わらず、「難民」として扱われています。まさに「難民は認定によって難民になるのではなく、難民であるがゆえに認定される4」のです。
日本においては、保護の拠り所となる条約や法律がない「避難民」という用語を用いることで、どのような地位や権利が保障されるかが曖昧であることや、長期的な滞在を前提としない対応がとられることが懸念されます。さらに、「避難民」に代わる概念として「補完的保護」を考えることも、紛争から逃れた人にも難民条約を適用する国際的な潮流を踏まえない対応で適切ではありません5

(3)補完的保護対象者を、どのように判断するか?

(図2: 難民支援協会作成)

これまで述べてきた通り、補完的保護は、難民条約上の難民に該当しない者を保護する仕組みです。よって、他国から逃れてきた人が保護を求める場合、その申請に対して、まずは難民の定義に当てはまるかどうかの判断が行われます。難民不認定となった場合は、補完的保護の該当性が判断されます。この手続きは、1つの申請に対して、一体として行われるべきです。また、補完的保護は国際人権法に基づくものであり、各国は羈束的(きそくてき=行政裁量の余地がないということ)に判断を行わなければなりません。さらに、難民条約とは異なり、補完的保護を定める国際人権法が例外規定を設けていない点も、補完的保護を通じた保護対象の拡大を考える上で、重要なポイントです。

(4)補完的保護対象者への支援や権利保障

補完的保護の対象者に保障される権利としてまずおさえるべきは、「危険な出身国に送還されない」権利です。そして、庇護国で将来の見通しをもって安定して暮らすための法的地位や、様々な権利の付与も求められます。

その際に参照するべきは、法的地位や、職業・福祉、移動の自由や身分の証明、送還の禁止といった、難民条約が定める様々な権利です。UNHCRは「補完的保護を受ける者は、高度の安定と確実性を確保するために、正式な法的地位を有し、必要な市民的、政治的、社会的および経済的権利を付与されるべきである6」としており、それと同時に尊重されるべき他の重要な原則として、家族統合の基本原則等を挙げています。難民も補完的保護の対象者も、困難な状況を逃れ、庇護国で中長期的な見通しを立てて生活する人であることに変わりありません。可能な限り、同様の権利が認められることが重要です。

◎補完的保護制度が生まれた背景

そもそも、補完的保護はどのような背景で生まれたのでしょうか。第二次世界大戦後、1948年の世界人権宣言を皮切りに、すべての人間が生まれながらにして持つ権利を保障するための仕組みが確立していきます。そのような流れで採択された条約の中には、1984年の拷問等禁止条約のように、「拷問が⾏われるおそれがあると信ずるに⾜りる実質的な根拠がある他の国」への送還を明確に禁止するものもありました。また、条約の解釈も発展していきます。例えば、1992年には、世界人権宣言を基盤に作られた自由権規約(1969年)に基づいて、送還を禁止する見解が国連の委員会から出されました。

このように、難民条約(1951年)とは別の流れで発展した国際人権法上の規範に基づく送還の禁止とそれに伴う法的地位の付与を具体化する仕組みとして、「補完的保護」が国・地域レベルで導入されていきます(カナダ 2001年、イギリス 2003年、欧州共通庇護制度 2004年、ニュージーランド 2007年、オーストラリア 2011年など)。2005年には、UNHCRの執行委員会にて、補完的形態の保護の提供に関する結論が採択されました。現在では、国際保護を必要とする人に対応する仕組みとして、50か国近くで実践されています。

<補完的保護制度を導入している国7

  • ヨーロッパ:欧州連合(27か国)、アルバニア、ボスニア、マケドニア、モンテネグロ、ノルウェー、セルビア、スイス、ウクライナ、英国
  • アジア・太平洋:オーストラリア、香港、ニュージーランド、韓国、トルコ
  • アフリカ:ブルンジ、中央アフリカ共和国、シエラレオネ
  • アメリカ:カナダ、コスタリカ、メキシコ、ニカラグア、米国

このような人権概念の発展に伴う保護対象の広がりは、「動的な法体系」とも言われる難民条約にも見られます。例えば、ジェンダー・アイデンティティや性的指向を理由とする迫害から逃れた人々を難民条約上の難民として保護する動きが、1990年代以降、欧米諸国を中心とする難民受け入れ国に広がっていきました。日本でも、2018年に初めて性的マイノリティへの迫害を理由とする難民認定が出ています8

UNHCRは「難民」と「補完的保護」を合計して「庇護数」として示しています。難民条約の解釈の発展による保護の広がりと、国際法上、送還が禁止される人を中心とする補完的保護の導入と、2つの潮流が合わさることで、国際保護に関する法体系が確立されてきたのです。

2. 日本での補完的保護に関する議論

ここまで、補完的保護に関する国際社会の動きや各国の制度を見てきました。では、日本では補完的保護についてどのような検討が行われているのでしょうか。この章では、現在、日本では補完的保護に当たる仕組みがないことと、2021年の入管法政府案で導入が検討されていた補完的保護制度が国際基準を満たしたものではないことの2点を見ていきます。

(1)現行の法制度

まず、現在の日本において、補完的保護に当たる仕組みはありません。拷問等禁止条約や自由権規約、子どもの権利条約といった補完的保護の根拠となる条約の締約国でありながら、その義務を履行するための国内法上の仕組みが十分に整備されていない状況と言えます。ただし、補完的保護の対象になりうる人が、「人道配慮による在留許可」という仕組みで、補足的に対応されることがあります。

◎人道配慮による在留許可とは?

難民には該当しないものの、人道的な観点から在留を認める制度として、1982年の難民認定制度導入当初から運用されており、2004年の入管法の改正によって、難民不認定となった者への在留特別許可に関する規定(第61条の2の2第2項)として明文化されました。対象として、日本での結婚や扶養等の「本邦事情」によるものと、紛争退避等の「本国情勢」の2類型がありますが、明確な基準は示されていません。「法に基づく権利」ではなく、国家の裁量の余地をもった仕組みとして運用されています。

<近年の人道配慮による在留許可事例>

  • 紛争退避機会として在留許可を付与した事例:戦争が続いているとの申請者の主張に対して「難民条約上のいずれかの迫害理由にも該当しない」として難民不認定とした。しかし、内戦によって「民間人の殺害等が横行し…戦闘に巻き込まれる可能性があることは否定できない」として、人道配慮による在留許可を付与9
(図3: 入管庁資料10 より難民支援協会作成)

(2)2021年入管法政府案における補完的保護対象者

2014年、法務省の私的懇談会である「出入国管理政策懇談会」の下に設置された「難民認定制度に関する政策懇談会」が、日本における補完的保護の導入に関する提案を行いました。それを踏まえて政府が行ったのが、2021年入管法政府案における「補完的保護対象者」の認定制度の創設です。保護対象を法律上明記すること自体は歓迎されますが、法案における「補完的保護」の定義は、下記の表が示す通り、国際社会における実践や、専門部会の提言からも大きく異なるものでした。

〇 2021年入管法政府案における「補完的保護対象者」創設の背景(下線追加)

EU資格指令(2004年、2011年改)における「補充的保護」

第2条(f)「補充的保護を受ける資格がある者」とは、第三国国民又は無国籍者であって、難民には該当しないが(略)第15条に定義する重大な危害を被る現実の危険に直面することになるであろうと信ずるに足りる実質的な根拠が示されているものであり(略)当該国の保護を受けることができないもの又はそのような危険があるために当該国の保護を受けることを望まない者をいう。

第15条「重大な危害」とは次のものから成る。

(a)死刑若しくは死刑執行
(b)出身国における申請者への拷問若しくは非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い,又は刑罰
(c)国際又は国内武力紛争の状況における無差別暴力による文民の生命又は身体に対する重大かつ個別の脅威

難民認定制度に関する専門部会による提言(2014年)

 例えば,世界の各地域において発生した武力紛争による本国情勢の悪化による危険,あるいは,拷問等禁止条約に規定する拷問を受ける危険などから我が国に逃れてきた者等について,まずは,難民該当性の判断を行い,その結果難民条約上の難民に該当しないと考えられた場合であっても,我が国として国際的に保護の必要がある者に対しては,国際人権法上の規範に照らしつつ,我が国の入管法体系の中で待避機会としての在留許可を付与するための新たな枠組みを設けることにより,保護対象を明確化するべきである。
 その際の要件については,例えば,欧州連合の国際的保護に関するルールであるEU資格指令で採用されている,「補完的保護」(補充的保護・Subsidiary Protection)における「重大な危害」に関する規定などが,一つの参考になろう。

入管法政府案(2021年)における「補完的保護対象者」

第2条3の2 難民以外の者であって、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条A(2)に規定する理由であること以外の要件を満たすものをいう

2021年入管法政府案はその後廃案となりましたが、政府では再提出に向けた検討が進められています。法案における補完的保護やその他の課題について、詳しく見ていきましょう11

(3)入管法政府案における補完的保護の課題

A. 課題:難民認定制度の抜本的な改善につながらない

2021年の難民認定数は74人、不認定数は1万人を超えており、難民として認定するべき人を認定することができていない状況にあります。2021年の入管法政府案は、日本の難民認定制度が抱える様々な課題を抜本的に改善することなく、現行の人道配慮による在留許可を補完的保護に置き換える内容でした。

例えば、2021年、日本で難民認定をされたミャンマー出身者は32人に留まります。一方で、559人が難民不認定とされ、このうち、456人に対して人道配慮による在留許可が認められました。ミャンマー出身者の各国での難民認定率は、オーストリアでは65%、ドイツでは24%、イギリスでは79%、アメリカでは58%となっており、日本の6%を大きく超えます12。難民として認定されるべき人までが、人道配慮による在留許可の対象となっていることが懸念され、このような状況は、補完的保護の導入では改善されません

難民認定の判断をするための手続きの公平性や透明性が欠如していることも、日本の制度の課題として挙げられます。2021年入管法政府案では、補完的保護の認定手続きについても、法律に規定がある限りですが、難民と同様の扱いとされています。つまり、行政手続法の適用除外であることには変わらず、棄却率が99%を超え、一次審査の判断に対する効果的な救済を行うための制度として十分に機能しているとはいえない審査請求制度についても、改善は見られないまま、補完的保護に適用されることが懸念されます。

B. 課題:補完的保護に関する国際基準を踏まえない定義

2021年入管法政府案において、補完的保護は「迫害を受ける理由が難民条約が定める5つの理由に当てはまらない場合」を対象としています。ここまで見てきた各国における補完的保護の定義とは大きく異なり、特に、無差別暴力や品位を傷つける取扱いなど、他国では補完的保護の対象となる状況が明示されていない点が懸念されます。そもそも、難民条約における5つの理由は、迫害をうける「寄与要因」であれば足りるとされています13。つまり、迫害を受ける理由を「関連づける」ことができれば十分であり、それらの理由が迫害の主要な要因である必要もありません。実務上、「難民条約が定める5つの理由に当てはまらない」ことは、難民認定・不認定の判断の決定打となる要素ではないのです。

また、法案における補完的保護の定義は、難民条約上の5つの理由以外は同様の要件を適用するものでした。つまり、日本の難民認定実務において狭く解釈されている「迫害」や「迫害のおそれ」といった概念が、補完的保護にそのまま適用されることとなり、保護対象の広がりは期待できません

C. 課題:難民・補完的保護の申請者の送還を可能にする規定

2021年入管法政府案の最大の課題は、難民申請中の人の送還を可能にする規定(送還停止効の例外規定)の導入です14。難民や難民申請者を危険な出身国に送還することは、難民条約で明確に禁止されています(ノン・ルフールマン原則)。また、この規定は補完的保護の申請を行っている人にも適用されることから(2021年入管法政府案第61条の2の9)、拷問等禁止条約や自由権規約などが定めるノン・ルフールマン原則にも、明確に反します。難民条約が送還禁止に限定的ながら例外を設け、難民の定義に除外条項を設けているのに対して、拷問等禁止条約や自由権規約にはそのような例外規定はありません。仮に国際水準の補完的保護が導入されるとしても、難民や補完的保護対象者の送還を可能とする限りは、保護が後退する状況と言わざるをえません

○現行制度と2021年入管法政府案の比較

(図4: 難民支援協会作成)

3. 補完的保護の導入の前に行われるべき、難民認定制度の改善

ここまで繰り返し述べてきたように、補完的保護はあくまで難民条約上の難民としての保護の「補完」であり、難民として保護するべき人を保護する制度の確立が優先して行われる必要があります。しかし、現行の日本の難民認定制度には多くの課題があり、国内外から繰り返し改善が求められています。例えば、2022年11月には、国連・自由権規約委員会より難民認定率の低さに懸念を示し、国際基準に沿った包括的な庇護法の迅速な採択などを求める勧告が出されました15。包括的な庇護制度の抜本的な改善が望まれます。

◎難民認定制度の改善点:補完的保護を仮に導入するにあたっても、以下の制度改善が行われることが重要

  • 難民保護法の制定、難民保護を目的とする機関の設立。
  • 国際基準に沿った難民認定基準の策定。
  • 適正手続保障(不認定理由の記載の充実、インタビューへの代理人の同席など)。また、すべての手続きに関して、独立した審査機関に対する不服申し立てを可能とすること。
  • UNHCRとの協力関係の強化(審査への参加、UNHCRによる監督責任の明確化、クオリティ・イニシアティブの実施など)
  • 庇護アクセスの改善(空港における庇護案内の改善、一時庇護上陸許可の積極的な活用、入管窓口における対応の改善など)
  • 難民申請者の処遇の改善(保護費の拡大、申請者の権利や法的地位の明文化、仮滞在制度の要件緩和や積極的な活用、難民申請者の収容の原則禁止など)

難民認定制度の改善が行われることがないままに補完的保護が導入された場合、本来、難民として保護されるべき人までが、補完的保護対象者としてより不安定な地位や権利保障の対象となることが懸念されます。また、現行の難民条約の解釈が広がらないままに、固定化されることも想定されます。補完的保護の導入は、日本における難民受け入れ状況の改善策とは言えないのです

4. 紛争から逃れた人への対応

補完的保護を含む2021年入管法政府案が廃案となったことについて、「仮に法改正されていれば、ウクライナのケースは該当した可能性もある16」との発信が政府やメディアからなされることがありますが、これは、難民条約の本来の解釈を踏まえない、誤った説明です。

確かに、難民条約上の難民の定義に「紛争」は明記されていません。しかし、難民条約が保護対象とする「迫害を受けるという十分に理由のある恐怖」に、紛争下で人々が置かれる状況を当てはめることは、十分に可能です。実際に、UNHCRは「難民条約は国際的または国内的武力紛争やその他の暴力から逃れる者を保護する17とし、紛争から逃れた人を、難民条約によって保護する際の指針を示しています18。また、シリアから逃れた人については、「圧倒的多数のシリア人庇護希望者が国際難民保護を必要とし続けており、1951年条約第1条A(2)に掲げられた難民の定義の要件を満たしている19」と難民としての保護の必要性を明確に示しています。シリア出身者の各国での庇護状況を比較すると、日本のみが難民認定に対して補完的保護が大きく上回っており、紛争から逃れた人に難民としての保護を十分に提供できていないことが懸念されます。

シリア出身者の庇護状況(2011〜2020年)

決定数難民認定数補完的保護数難民認定率庇護率
(難民認定と補完的保護の合計)
ドイツ796,950440,595231,20461%95%
フランス27,31310,97912,23241%86%
イギリス14,12210,74716785%86%
アメリカ7,6544,873584%84%
カナダ5,3264,32293%93%
オーストラリア85965078%78%
日本98227422%98%
(図5:UNHCR Refugee Data Finder、入管庁資料より当会作成20

5. 「人道配慮による在留許可」の維持・改善の必要性

ここまで、他国から逃れて保護を必要とする人々に対して、国家が条約に基づく「義務」として行う保護の仕組みを見てきました。これらの仕組みは、難民や補完的保護の定義には必ずしも当てはまらないが、国に帰ることができない事情を抱える人に人道的な観点から対応する仕組みによって、さらに強化されます。

そのためには、日本において、これまで実践されてきた「人道配慮による在留許可」のさらなる活用が考えられます。ただし、人道配慮による在留許可には、保護対象が不明確で不許可理由が提示されないなど、手続き上の様々な課題があります。また、付与される法的地位が不安定で、定住支援を受けることができず、家族呼び寄せが認められないなど、日本で長期的に生活するにあたっての権利保障も不十分です。さらに、2021年の入管法政府案では、これらの課題を改善するのではなく、逆に「人道配慮による在留許可」を丸ごと削除して、補完的保護に置き換えることが提案されていました。

2021年入管法政府案における補完的保護の定義の狭さから「(現行の)⼈道的配慮で保護した者として⼊管庁が公表している2017年から2019年のデータ18件のうち、13件は保護されないのではないか21」との見解も示されており、現行制度よりも、保護対象がさらに狭まることが懸念されます。「人道配慮による在留許可」の削除ではなく改善が行われるべきです。

6. 最後にー「補完的保護」だけでは不十分。日本の難民保護制度のあるべき姿

これまで見てきたように、補完的保護の導入のみでは、日本の難民認定制度の様々な課題を解消することにはつながりません。以下のような点が一体となって検討され、法制度として確立される必要があります。

A. 難民認定制度の改善:国際基準に則った難民認定制度を確立し、難民条約に基づく保護を実現する。

B. 補完的保護制度の創設:Aに該当しないが、国際人権法上の規範に基づく保護や、無差別暴力からの保護を与える仕組みを新たに設ける。

C. 人道配慮による在留許可の維持・改善:A・Bに当てはまらない事情により、出身国に帰ることができない人を保護するための仕組みとして、現行の「人道配慮による在留許可」の維持・改善をはかる。

(図6: 難民支援協会作成)

これらの仕組みの導入の折には、複数回の難民申請を行いながら、日本で長く暮らしている人についても、新しい基準に基づいた再度の審査が行われる必要があります。その際には、日本で既に長期にわたって暮らしてきた点や、出身国で生計を立てることの難しさ、また、子どもの最善の利益をどのように守るかといった点が、審査に反映されなければなりません。

難民条約や国際人権法の解釈の発展により、国際保護を必要とする人に対する国際社会の認識は拡大・深化してきました。日本においても、まずは、補完的保護と比べてより保護内容が明確な、難民条約による保護を最大化する必要があります。そのうえで、これまで見てきたような補完的保護制度の導入や、人道配慮による在留許可の改善が求められます。

※ 初出時、図3の年表示を誤っておりました。お詫びして訂正いたします。(2023/2/3)
※ 図4の表現を一部修正しました。(2023/2/7)
※ 注釈19のリンクが抜けておりましたので追加しました。(2023/3/7)

  1. ノン・ルフールマン原則や、難民申請者を送還することの危険性について、詳しくは 難民支援協会「難民・難民申請者を送還するということ」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2020/08/deport20/ 参照。[]
  2. European Court of Human Rights “Factsheet: Detention Conditions and Treatment of Prisoners” https://www.echr.coe.int/documents/fs_detention_conditions_eng.pdf; Human Rights Committee, Charles Chitat Ng v. Canada (469/1991), C. v. Australia(900/1999), Jama Warsame v. Canada (1959/2010); European Court of Human Rights, M.S.S. v Belgium and Greece, HIRSI JAMAA AND OTHERS v. ITALY, TARAKHEL v. SWITZERLAND など。[]
  3. UNHCR「国際的保護に関するガイドライン12:1951年難民の地位に関する条約第1条A(2)および/または1967年難民の地位に関する議定書および難民の地位に関する地域的文書における定義における武力紛争および暴力の発生する状況を背景とした難民申請」https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/2018/03/Guidelines-on-International-Protection-No.12_JP.pdf []
  4. UNHCR「難民認定基準ハンドブック」https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/protect/HB_web.pdf パラグラフ28。[]
  5. ウクライナ難民受け入れの意義や課題について、詳しくは 難民支援協会「ウクライナ難民の受け入れから考える ー より包括的で公平な難民保護制度とは」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2022/03/ukraine/ 参照。[]
  6. UNHCR「第5次出入国管理基本計画案に関するUNHCRの見解」 https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/protect/Final_UNHCR_Comments_JPN.pdf[]
  7. McAdam, J., “Complementary Protection,” in Foster, M. and  McAdam, J. ed., The Oxford Handbook of International Refugee Law, 2021より。難民研究フォーラム「補完的保護に関する国際社会の取り組み」https://refugeestudies.jp/2021/06/research_complementary-protection/ にて、上記のうち10か国の制度を詳しく紹介しています。[]
  8. 性的マイノリティの難民としての保護について、詳しくは 難民支援協会「性的マイノリティへの迫害から逃れること―難民とLGBT」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2021/08/lgbt-2/ 参考。[]
  9. 入管庁「難民と認定した事例等について」https://www.moj.go.jp/isa/content/001372238.pdf 内「人道配慮により在留許可を行った事例及びその判断のポイント」事例2。[]
  10. 入管庁「我が国における難民庇護の状況等」https://www.moj.go.jp/isa/content/001372237.pdf[]
  11. 2021年、2022年に議員立法として提出された「難民等の保護に関する法律案」における補完的保護の内容は、難民支援協会「解説「難民等の保護に関する法律案」」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2021/06/refugeelaw21/ をご覧ください。[]
  12. 日本の認定状況は、入管庁「令和3年における難民認定者数等について」https://www.moj.go.jp/isa/content/001372236.pdf、他国の認定状況は、UNHCR Refugee Data Finder による。[]
  13. 前掲注3、パラグラフ34。[]
  14. 詳しくは、難民支援協会「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に対する意見」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2021/02/opinion_imlaw21/ 参照。[]
  15. 自由権規約委員会「第7回日本定期報告書審査にかかる総括所見:難民関連部分の抜粋非公式訳」 http://www.jlnr.jp/jlnr/wp-content/uploads/2022/11/CCPR_JPN_%E7%AC%AC7%E5%9B%9E_2022103_%E7%B7%8F%E6%8B%AC%E6%89%80%E8%A6%8B_j%E6%8A%9C%E7%B2%8B.pdf[]
  16. 2022年4月5日朝日新聞など。[]
  17. UNHCR “A guide to international refugee protection and building state asylum systems Handbook for Parliamentarians N° 27, 2017” https://www.refworld.org/docid/5a9d57554.html[]
  18. 前掲注3。[]
  19. UNHCR「シリア・アラブ共和国から避難する人々の国際保護の必要性について」更新VI(2021年3月)https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/2022/10/Syria-IP-Considerations_Update-VI_JP-translation.pdf[]
  20. 日本については、人道配慮による在留許可数を「補完的保護」として記載。決定数は、難民認定や不認定等の結果が出た人の数。難民認定率は、その年の認定数を、同年の認定数と不認定数の合計で割った百分率として算出(日本については、法務省発表データから「認定数÷(処理数合計ー申請/不服申立てを取り下げた者等の人数)」として算出。各国については、UNHCR Refugee Data Finder 掲載データ項目から Recognized ÷ (Total decisions – Otherwise closed) として算出)。認定数をその年の「申請数」で割った数値を認定率とするのは、申請から認定結果が出るまでの差分が反映されていないため比較の指標として正確ではなく、国際的に上記の算出方法が採用されている。
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  21. 2021年4月21日衆議院法務委員会児⽟参考⼈による答弁。全国難民弁護団連絡会議「入管資料から見る政府法案「補完的保護」での庇護のシュミレーション」http://www.jlnr.jp/jlnr/wp-content/uploads/2021/02/MOJ%E8%B3%87%E6%96%99_%E5%88%A4%E6%96%AD%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88_H22-R01-%E4%BA%BA%E9%81%93%E9%85%8D%E6%85%AE_210331%E6%9B%B4%E6%96%B0.pdf 参照。[]