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はじめて知る「補完的保護とは何か?」

(Updated: 2023.2.7)

難民支援協会(JAR)では、「補完的保護とは何か?」と題した解説を作成しました。

専門的でたくさんの情報をまとめたものになっているため、こちらのページでは、少しでも分かりやすさを目指し、まとめなおして紹介しています。

はじめて「補完的保護って何だろう」と興味を持ってくださった方はこちらのページからご覧いただき、より興味を持っていただいた場合は本編の解説をご覧いただければと思います。

背景

「補完的保護」という言葉を、一昨年(2021年)ごろから少し耳にするようになった方もいるかもしれません。

2021年に政府が国会に提出し、その後廃案となった「出⼊国管理及び難⺠認定法」の改正案(以下「2021年入管法政府案」)では、補完的保護の導入が提案されていました。また、2022年3月以降のウクライナ難民の受け入れに際して、紛争から逃れた人を保護する枠組みとして「補完的保護」(または「準難民」)という言葉もニュース等によく登場しています。

しかし、これらの日本での動きの中で出てきた「補完的保護」は、各国よりも狭い定義で、国際基準を踏まえないものです。

補完的保護とは、難民条約上の難民には該当しないものの、他国での保護を必要とする人を保護するための仕組みを言います。例えば、命の危険や拷問、品位を傷つける取扱いなどを受けるという合理的な危険を有する人が、保護対象として挙げられます。大切なことは、難民条約による保護を「補完」する枠組みだということです。日本の現行の難民認定制度にはさまざまな課題が指摘されており、紛争から逃れた人も含めて、難民として保護すべき人をほとんど保護できていません。そのような中で補完的保護を導入しても本来の役割を発揮できません

以下、「補完的保護とは何か?」「補完的保護の導入によって、日本の難民保護の課題は解決されるのか?」についてみていきます。

1.補完的保護とは何か

補完的保護の対象は?

補完的保護とは「難民条約上の難民には該当しないが、国際保護を必要とする者を保護し、かつ、そのような者に国内法上の地位を付与する法的枠組み」を指します。

難民条約上の難民には該当しない

難民条約で定める定義に当てはまらないが、他国での保護を必要とする人が、補完的保護の対象です。

(図1: 難民支援協会作成)

国際保護を必要とする

各国でさまざまな補完的保護の対象者が示されていますが、総合すると、最低でも、
①恣意的な生命の剥奪
②拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取扱い又は刑罰
③無差別暴力による生命、身体の安全又は自由への重大な脅威
を受けるという「合理的な危険を有する者」が保護対象となります。

①や②は、日本も批准する国際人権法(拷問等禁止条約や自由権規約)に基づくものです。例えば、国際人権法が禁止する拷問から誰もが守られる世界をどのように実現するのか。国内での拷問を禁止するだけでは、「誰もが」守られる状況は実現できません。そのような拷問が行われる可能性がある国に対して、たとえその国の出身の人であっても、本人の意に反して送還を行わないこと。これも、すべての人が持つ権利を国際社会全体で守っていくために、必要な取組みなのです。

そのような考えに基づいて、拷問や非人道的な取扱い等を受ける国への個人の送還を禁止する国際人権法上の規範(原則)が確立してきました。一般的に、ノン・ルフールマンの原則1(ルフールマンはフランス語で「送還」の意)と呼ばれ、難民を含む国際的な保護を必要とする人を守るにあたって、中心的な役割を果たします。

国内法上の地位を与える

補完的保護の対象は、いうなれば、難民条約上の難民とは認められないものの、自分ではどうしようもない事情によって、出身国で危険な状態に置かれ、国際的に守られる必要がある人たち、ということを説明しました。ただし、危険な国への送還を禁止するだけでは、その人の安全や権利を守ることにはつながりません。よって、補完的保護には逃れた先の国で安定して暮らすための「国内法上の地位」(在留資格など)が伴います。これは、国家の裁量によって自由に判断ができるものではなく、法に基づく権利であるということもポイントです。その点でいわゆる「人道配慮」とは異なります(後述)。

どのような人が補完的保護対象になり得るのか?

拷問や非人道的な取扱い等を受ける国への送還からの保護ということを説明しましたが、では、具体的にどのような人が補完的保護の対象になり得るのでしょうか。例として、以下が挙げられます。

  • 無差別暴力の脅威から逃れた人:例として、紛争から逃れてきた人などが当たります。ただし、紛争から逃れた人も難民である可能性があります(後述)
  • 難民条約上の迫害の定義は満たさないが、合理的な危険を受ける可能性がある人
  • 子ども:子ども本人やその保護者を送還をすると子どもの権利条約に定める子どもの権利を侵害することになる場合など

※ 難民とは異なり、補完的保護の定義や地位を定めた条約はありません。保護対象は国際人権法に照らして国際的に議論される中で確立されていきます。上記はそのように確立された保護対象の一例です。

さらに詳しく、以下は、例えば「②拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取扱い又は刑罰」に該当する状況に個人を送還すること自体が、国際人権法の定めに反するとした事例です。
(上でも書いているように、一概にこのような事例がすべて相当するということではありません。詳しくは本編の解説記事をご覧ください。)

  • ガス窒息による死刑を行う国(アメリカ)への送還
  • 現在受けている治療を継続することができない国(イラン)への送還
  • 庇護希望者が極度の貧困状態に置かれる国(ギリシャ)への送還
  • 恐喝を受け、精神的な恐怖を感じてきた国(エルサルバドル)への送還

国連自由権規約委員会や欧州人権裁判所、各国の裁判所によって「拷問、非人道的もしくは品位を傷つける取扱い又は刑罰」に当たるとの判断がなされた事例2 

補完的保護対象者を、どのように判断するか?

くり返しになりますが、補完的保護とは、あくまで難民条約による保護を「補完」する枠組みです。難民の定義に当てはまる人は、補完的保護ではなく難民として保護されなければなりません。
他国から逃れてきた人が保護を求める場合、その申請に対して、まずは難民の定義に当てはまるかどうかの判断が行われます。難民不認定となった場合は、補完的保護の該当性が判断されます。この手続きは、1つの申請に対して、一体として行われるべきです。

(図2: 難民支援協会作成)

◎「避難民」との違い

他国から逃れ、保護を求める人を指す言葉として、「避難民」という言葉が使われることがあります。日本では、特にウクライナから逃れた人を指す言葉として使われますが、これは「難民」や「補完的保護」のように国際的に定義された言葉ではなく、日本独自の用語ともいえます。

「避難民」であることは、ウクライナから逃れた人が、難民ではないということを意味しません。UNHCRは、ガイドラインの作成などを通じて、紛争下での無差別的な暴力から逃れた人にも難民条約が適用されることを明示し、紛争下で発生する「迫害」の例も示しています。実際に、国際機関や多くの国において、ウクライナから逃れた人は難民申請の有無に関わらず、「難民」として扱われています。まさに「難民は認定によって難民になるのではなく、難民であるがゆえに認定される3」との難民認定における一般的な原則の実践です。

日本においては、保護の拠り所となる条約や法律がない「避難民」という用語を用いることで、どのような地位や権利が保障されるかが曖昧であることや、長期的な滞在を前提としない対応がとられることが懸念されます。さらに、「避難民」に代わる概念として「補完的保護」を考えることも、紛争から逃れた人にも難民条約を適用する国際的な潮流を踏まえない対応で適切ではありません4

2.日本での補完的保護に関する議論

2021年入管法政府案における「補完的保護対象者」の課題

国際基準を踏まえていない定義

では日本についてみてみます。まず、現在の日本において、補完的保護に当たる仕組みはありません。

2021年入管法政府案で「補完的保護対象者」の認定制度の創設が含まれました。法務省の「難民認定制度に関する専門部会」が日本における補完的保護の導入に関して行った提言(2014年)が下地となっています。保護対象を法律に明記すること自体は歓迎されますが、国際基準のものとも、専門部会の提言とも大きく異なるものでした。

2021年入管法政府案はその後廃案となりましたが、政府では再提出に向けた検討が進められていると報じられています。

2021年入管法政府案における「補完的保護対象者」(第2条3の2)
難民以外の者であって、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条A(2)に規定する理由であること以外の要件を満たすものをいう

非常に限定的に定義しており、これまで見てきたように、国際的な規範によって保護が義務付けられている人を保護できないことが危惧されます。

少し難しくなるのでかいつまんで説明すると、「迫害を受けるおそれがある理由が難民条約が定める5つの理由に当てはまらない場合」が対象とされています。「迫害のおそれ」が必要なのです。現在の日本の難民認定実務の大きな課題として、「迫害」や「迫害のおそれ」の概念が狭く解釈されていることが指摘されています。それが、補完的保護にそのまま適用されることとなり、保護対象の広がりは期待できません。

また、無差別暴力や品位を傷つける取扱いなど、他国では補完的保護の対象となる状況が明示されていません。

難民認定制度の抜本的な改善につながらない

2021年の難民認定数は74人、不認定数は1万人を超えており、難民として認定するべき人を認定することができていない状況にあります。

ここで現在の難民認定制度の状況をみてみると、例えば、2021年、日本で難民認定をされたミャンマー出身者は32人に留まります。一方で、559人が難民不認定とされ、このうち、456人に対して「人道配慮による在留許可」が認められました。難民として認定されるべき人までが、人道配慮による在留許可の対象となっている可能性が懸念されます。

2021年の入管法政府案は、現行の人道配慮による在留許可を補完的保護に置き換える内容でした。補完的保護の導入では、日本の難民認定制度が抱えるさまざまな課題の改善につながりません。

◎人道配慮による在留許可とは?

難民には該当しないものの、人道的な観点から在留を認める制度です。人道配慮による在留許可の対象について明確な基準は示されていません。「法に基づく権利」ではなく、国家の裁量の余地をもった仕組みとして運用されています。

<近年の人道配慮による在留許可事例>

  • 紛争退避機会として在留許可を付与した事例:戦争が続いているとの申請者の主張に対して「難民条約上のいずれかの迫害理由にも該当しない」として難民不認定とした。しかし、内戦によって「民間人の殺害等が横行し…戦闘に巻き込まれる可能性があることは否定できない」として、人道配慮による在留許可を付与5
難民・補完的保護の申請者の送還を可能にする規定

2021年入管法政府案の最大の課題は、難民申請中の人の送還を可能にする規定(送還停止効の例外規定)の導入です6。この規定は補完的保護の申請を行っている人にも適用されます。難民条約や拷問等禁止条約、自由権規約などが定めるノン・ルフールマン原則に、明確に反します。

〇 現行制度と2021年入管法政府案の比較

(図3: 難民支援協会作成)

3.日本の難民保護のあるべき姿

補完的保護の導入の前に行われるべき、難民認定制度の改善

現行の日本の難民認定制度には多くの課題があり、国内外から繰り返し改善が求められています。2022年11月には、国連・自由権規約委員会より難民認定率の低さに懸念を示し、国際基準に沿った包括的な庇護法の迅速な採択などを求める勧告が出されました。補完的保護を仮に導入するにあたっても、制度改善が行われることが重要です。

 例

  • 難民保護法の制定、難民保護を目的とする機関の設立
  • 国際基準に沿った難民認定基準の策定
  • 適正手続保障(不認定理由の記載の充実、インタビューへの代理人の同席など)
    また、すべての手続きに関して、独立した審査機関に対する不服申し立てを可能とすること
  • 難民申請者の処遇の改善(保護費の拡大、申請者の権利や法的地位の明文化、仮滞在制度の要件緩和や積極的な活用、難民申請者の収容の原則禁止など)

など

難民認定制度の改善が行われることがないままに補完的保護が導入された場合、本来、難民として保護されるべき人までが、補完的保護対象者としてより不安定な地位や権利保障の対象となることが懸念されます。

紛争から逃れた人への対応

補完的保護を含む2021年入管法政府案が廃案となったことについて、「仮に法改正されていれば、ウクライナのケースは該当した可能性もある7」との発信が政府やメディアからなされることがありますが、これは、難民条約の本来の解釈を踏まえない、誤った説明です。

確かに、難民条約上の難民の定義に「紛争」は明記されていません。しかし、難民条約の「迫害を受けるという十分に理由のある恐怖」に、紛争下で人々が置かれる状況を当てはめることは、十分に可能です。実際に、UNHCRは紛争から逃れた人を、難民条約によって保護する際の指針を示しています。

「人道配慮による在留許可」の維持・改善

2021年の入管法政府案では、「人道配慮による在留許可」を丸ごと削除して、補完的保護に置き換えることが提案されていました。

ここまで、他国から逃れて保護を必要とする人々に対して、国家が条約に基づく「義務」として行う保護の仕組みをみてきましたが、これらの仕組みは、難民や補完的保護の定義には必ずしも当てはまらないが、国に帰ることができない事情を抱える人に人道的な観点から対応する仕組みによって、さらに強化されます。

ただし、人道配慮による在留許可には、保護対象が不明確で不許可理由が提示されないなど、手続き上のさまざまな課題があります。また、与えられる法的地位が不安定で、定住支援を受けることができず、家族呼び寄せが認められないなど、日本で長期的に生活するにあたっての権利保障も不十分です。これらの諸課題を改善し、人道配慮による在留許可がさらに活用されるべきです。

最後に

国際保護を必要とする人に対する国際社会の認識は拡大し深まってきました。日本においても、まずは、補完的保護と比べてより保護内容が明確な、難民条約による保護を最大化する必要があります。そのうえで、これまでみてきたような国際基準を踏まえた補完的保護制度の導入や、人道配慮による在留許可の仕組みが改善される必要があります。

※ 図3の表現を一部修正しました。(2023/2/7)

  1. ノン・ルフールマン原則や、難民申請者を送還することの危険性について、詳しくは 難民支援協会「難民・難民申請者を送還するということ」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2020/08/deport20/ 参照。[]
  2. Human Rights Committee, Charles Chitat Ng v. Canada (469/1991), C. v. Australia(900/1999), Jama Warsame v. Canada (1959/2010); European Court of Human Rights, M.S.S. v Belgium and Greeceなど。[]
  3. UNHCR「難民認定基準ハンドブック」https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/protect/HB_web.pdf パラグラフ28。[]
  4. ウクライナ難民受け入れの意義や課題について、詳しくは 難民支援協会「ウクライナ難民の受け入れから考える ー より包括的で公平な難民保護制度とは」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2022/03/ukraine/ 参照。[]
  5. 入管庁「難民と認定した事例等について」https://www.moj.go.jp/isa/content/001372238.pdf 内「人道配慮により在留許可を行った事例及びその判断のポイント」事例2。[]
  6. 詳しくは、難民支援協会「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に対する意見」https://www.refugee.or.jp/report/refugee/2021/02/opinion_imlaw21/ 参照。[]
  7. 2022年4月5日朝日新聞など。[]