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難民を知る

日本で暮らす難民の中には、食べたり、寝たり、働いたりする「当たり前」の生活を送ることすら難しい人が多くいます。

「病気になってもお金がないから病院にいけない」、「保証人がいないから、住む場所が確保できない」など… 特に、難民申請中の人の多くは、生活基盤や法的地位が不安定な状況の中、審査結果が出るまでの長い間、先の見えない苦しい生活を送っています。現在の日本では、難民申請中、滞在するための資格を誰もが保障されるわけではありません。そのため、働く資格がなく働けない人や、国民健康保険に加入できないため高額な医療費を支払えず、病院に行くのをあきらめる人もいます。

case1「保険がなく、病院に行くのを我慢していました…」(難民申請者・在日8年)

難民申請をしてからの日々は、先の見えない不安な毎日でした。体がだるいとか、頭が痛いとか、いろいろあります。母国で受けた拷問の傷も痛みます。それでも、高い医療費を払うことができず、病院には行きませんでした。

ある日、突然、体に激しい痛みを感じ、気が付いたら、救急車に乗せられ、病院へ。緊急手術で一命は取り留めましたが、手術代・入院費は、返す当てのない借金となって残っています。

難民申請者の多くは、国民健康保険に入れません。そのため、医療費を払うことができず、病院に行くことを我慢し、病気を悪化させてしまうケースが多くあります。

難民支援協会では、難民と病院の間に入り、分割払いを可能にするための交渉を行うこともあります。また、保険未加入者の難民が無料で治療を受けられる病院を開拓し、連携できるような働きかけも行っています。

case2「どうやって難民の申請をすればいいのか全然わからなかった」(難民申請者・在日1年)

日本に逃げてきて、ここでなんとか安心して暮らしていきたいと思っても、実際どこに行って何をどうすればよいのか、 さっぱりわかりませんでした。知り合いもいないし、寝る場所もなく、2週間以上、野宿生活でした。

来日してから、数か月後、なんとか難民申請をすることができました。でも、日本の制度のことは、わからなかったし、書類を書いたり、用意したり、とても大変でした。

難民の多くは、日本での難民申請手続きについて、事前に情報を得てから、逃げてくるわけではありません。難民支援協会の難民専用フリーダイヤルには、はじめて来日した難民から「母国から逃げてきたんだが、これからどうすればいいのかわからない」という内容の相談がたくさんきます。

難民支援協会では、申請手続きに必要な迫害の証拠集めのアドバイスを行い、弁護士などと協力し、出身国の迫害情報を集め、スムーズに手続きがなされるよう支援を行っています。

case3「子どもにはつらい思いをさせたくない」(難民認定・定住者・在日20年)

4年がかりで、難民認定を得ることができました。今は、夫と子どもの5人暮らしです。夫は飲食店の皿洗い、私は、弁当屋で働いています。子どもの将来を考えると、今のままの収入では不安。

夫は、母国では自分で貿易会社をやっていていました。私は、5カ国語が話せます。経験を活かせる仕事があればいいのだけど、なかなかチャンスはないです。今は、毎日生きることだけで精一杯。せめて、子どもにはつらい思いをさせたくない。いろんなことを自由に学んでほしいし、希望を叶えてあげたいと思います。

長い審査期間を経て、難民認定や人道的配慮(人道的な理由から在留が認められること)による在留資格を得ても、日々の生活が一変するわけではありません。日本語の壁や、社会での差別などから、希望する仕事に就くことも難しく、不安定な日々の状況は続きます。難民認定を受け、最低限の生活保障と、迫害のおそれのある母国に送還される可能性がなくなりますが、認定を受け「生活が良くなった。将来に希望がみえてきた」と実感できる場面は決して多くありません。

難民支援協会では、就労、子どもの教育、日本語教育など、定住する中で直面するさまざまな課題に取り組んでいます。時には、自ら事業を手がけたいという意欲を持つ人もおり、レストランや貿易業などの起業支援も行っています。

※ 難民支援協会では、難民(申請者)の安全のため、個人情報について最大限の注意を払っています。これらの事例は、実際に難民支援協会が支援を行った難民の経験をもとに再構成したものであり、写真はイメージです。

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