活動レポート

在日クルド人をめぐる「問題」を考える

交流会で、クルドの民族衣装を着た日本人学生(中央)と手をつなぐクルド人女性たち(「在日クルド人と共に」提供)

埼玉県川口市とその周辺で暮らすトルコ国籍のクルド人の人々に対し、その存在を否定し、社会から排除するようなヘイトスピーチがここ数年、拡散しています。

一口に「クルド人」と言っても、自国での迫害から逃れて日本で難民申請をしている人、在留資格を得て事業を営む人、日本で生まれ育った子どもたちと、その状況はさまざまです。しかし、一部の議員や「有識者」までもが、クルド人を一括りにして「難民ではない」などと批判しています。

出入国在留管理庁(入管庁)は難民申請中のクルド人を含む非正規滞在者を「ルールを守らない外国人」と位置付け、「国民」に不安を与える存在として削減を目指す「ゼロプラン」を今年5月に発表し、規制強化に乗り出しました。7月からは強制送還が加速し、日本社会に根を下ろし学校に通う子どもがいる家族までトルコに送還されています。

クルド人の中には、複数回の難民申請を通じて非正規滞在状態になっている人もおり、それがヘイトの標的にされる一因となっています。難民支援協会(JAR)も、難民申請者が全て、難民条約上の難民に該当するとは考えていません。しかし、日本の狭い条約解釈によって1990年代以降、本来は認定されるべきだったにもかかわらず認定されてこなかったクルド人がいるのも事実です。こうした事情を無視したまま、クルド人への攻撃が続けば、当事者への深刻な影響はもとより、難民申請者全体に影響が広がることも懸念されます。

文化的背景の異なる人と接するとき、摩擦や対立が生じるのは避けがたい面もあります。それでも、地元の人々は長年、当事者と共に、そうした課題を乗り越える努力を重ね、友情も育んできました。この記事では、「クルド人問題」と称される事象の実態や背景を検証し、古くからの住民も新たに加わった人も、安心して暮らせる社会の実現に向けた糸口を探ります。

目次

※前半に、暴力的な言葉が記載された写真1枚があります。実態を知っていただくために掲載しています。

地域交流ー迫るヘイトと強制送還

埼玉県蕨市の「在日クルド人と共に」の日本語教室で、ひらがなを練習するクルド人男性

川口市に隣接した蕨市内のビルの一室では毎週日曜日、地元の支援団体「在日クルド人と共に」が日本語教室を開いています。学校の夏休み期間中に教室を訪れると、宿題に励む小学生、高校進学を目指す中学生、建設現場で働く男性など、クルド人約10人が、それぞれの課題に取り組んでいました。学生や教員、会社員など、年齢も職業もさまざまなボランティアが一緒に座って、質問に答えたり、日本語会話の相手になったりしていました。

「部活が楽しい」と話す女子中学生は笑顔が印象的でした。在日20年以上の男性は、「まずはN2(日本語能力試験で5段階の上から2番目)を取りたい」と、流暢な日本語で言いました。SNSや街宣などでクルド人への攻撃的な言葉が飛び交う中、「どうせ日本では歓迎されていないし」と、勉強を投げ出しそうになる青年もいました。ボランティアの若い男性はそういう気持ちにも寄り添い、「また来てね」と声をかけていました。

この団体には、「クルド人は出ていけ」「売国奴」といったヘイト(憎悪)メールが、今年前半だけで約100通届き、嫌がらせの電話も頻繁に受けています。また、7月からはクルド人の強制送還が本格化し、把握しているだけで9月上旬までに3家族と単身者ら計約30人がトルコに送還されたといいます。中には、来日から10年以上がたち、子ども3人が地元の中学と高校に通っていて、3回目の難民申請中だった家族もいたそうです。団体の代表、温井立央さんは、「一生懸命受験勉強していたのに送還された子もいる。子どもたちが日本の『安全・安心』を脅かすわけではないのに」と、無念さをにじませます。

「在日クルド人と共に」に届いた手書きの文章

多国籍な川口市トルコ国籍はごくわずか

最近はクルド人に注目が集まる川口市ですが、古くから「鋳物の街」として発展し、多くの外国籍の人が暮らしてきました。川口市とその周辺在住のクルド人は2,000人〜3,000人とされますが、人口約60万人の中核市・川口には計4万8,000人以上の外国籍の人が暮らしています。その過半数は中国籍で、ベトナム、フィリピン、韓国・朝鮮籍と続きます。街を歩いていても、クルド人の姿が特に目立つわけではありません。

川口市における国籍別外国人数の内訳グラフ
中国 25,819人:54%, ベトナム6,179人:13%, フィリピン	3,012人:6%, 韓国・朝鮮2,859人:6%, ネパール2,081人:4%, トルコ1,513人:3%, インドネシア1,108人:2%, その他の国籍5,590人:12%
(2025/1/1現在)

ただ、川口市周辺のクルド人の多くは難民申請中という不安定な立場にあります。2024年末時点で約700人が、非正規滞在の状態で、入管施設への収容を一時的に解放された「仮放免1」だったと報じられています。

非正規滞在での生活は、多くの困難を伴います。一般的には入管施設への収容、そして強制送還の対象となるため、仮放免となって社会生活を送っていても、常に不安がつきまといます。働くことや健康保険に入ることが認められず、居住する都道府県の外に移動する自由も制限されます。そのため、コミュニティが形成されている川口市周辺に集住し、親類縁者や支援者に支えられながら暮らしてきました。

一方で、全ての在日クルド人が難民申請中だったり非正規滞在だったりするわけではありません。すでに永住権や留学、就労、定住者などの在留資格を得ている人たちも少なからずいて、地域社会の一員として活動し、税金も納めています。起業して解体業や飲食店などを経営し、地域経済に貢献している人たちもいます。

非正規滞在構造的な問題

東京出入国在留管理局(東京・品川)の写真

難民申請の過程で非正規滞在になる人がいる背景には、構造的な問題があります。

初回の難民申請では、原則として難民申請者向けの在留資格が与えられます。しかし、日本の難民認定率は2〜3%程度。難民不認定となったことで2回目以降の難民申請をするときには、この資格は原則、更新されません。そのため、当初は在留資格があった人でも、難民申請を重ねるうちに非正規状態になってしまいます

来日時に空港で庇護(ひご)を希望した場合も、多くは直接収容施設に送られ、収容を解かれても基本的に難民審査期間を非正規状態のまま過ごすことになります。迫害や出国妨害を避けるために偽造旅券で来日した場合も、原則として非正規滞在になります。難民条約は第31条で、難民の非正規な方法による入国や滞在に刑罰を科すことを禁止しています

迫害のおそれがある人は出身国に戻れないため、非正規状態になっても難民申請を重ね、日本で暮らさざるを得ません。こうした人々を処罰対象者のように扱うのは誤りです。

難民申請者については難民同様、迫害の危険がある出身国に送還してはならないという「ノン・ルフールマン原則」が適用されます。しかし、2024年6月施行の改正入管法では、難民申請中であっても3回目以降であれば、例外として送還が認められるようになりました。さらに、入管庁は翌2025年5月に「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」を発表し、2回目以降の難民申請が不認定となった人の送還を進めています。在日クルド人コミュニティは大きな影響を受けています。

「国を持たない最大の民族」―苦難の歴史と今

クルド人は独自の言語や文化を持ち、世界に2,500万〜3,500万人いるとされます。第一次世界大戦後のローザンヌ条約(1923年)で、主な居住地であるクルディスタンと呼ばれる山岳地帯がトルコ、イラン、イラク、シリアに分割されました。このため民族国家樹立の夢が破れ、「国を持たない最大の民族」と呼ばれています。それぞれの国で少数民族となり、クルド語の使用を禁止されたり居住地を追われたりと、苦難の歴史を歩んできました。

「クルディスタン」を大まかんに示した地図。イギリス政府COIなどから作成。

英国政府がまとめたトルコ国籍クルド人の出身国情報(COI)2などによると、トルコのクルド人は推計1,500万人で、国の人口の18〜20%を占めます。建国当初から同化を強いられてきたことから、政治文化的な自由を求め、「クルド労働者党(PKK)」が1980年代から武装闘争を開始。トルコ政府はPKKをテロ組織に指定して掃討作戦を展開し、弾圧はクルド系の一般住民や合法的な政党にも及びました。トルコ南東部のクルド人地域では3,000以上の村が破壊され、100万〜300万人が故郷を追われ、両者の衝突でこれまでに民間人を含む約4万人が死亡したとされます。

PKKは2025年5月に武装解除と解散を宣言しました。しかし、今後トルコ政府との和解が順調に進み、戦闘員が社会に再統合され、「テロ対策」と称して捕らえられた多数の政治犯が釈放されるかは、予断を許しません。トルコは欧州連合(EU)への加盟を目指していますが、トルコ政府の民主的な制度や人権状況への懸念から、加盟交渉は事実上凍結されたままです。

トルコ国籍者の難民認定日本は通算4人、世界は年間1万人超

◆日本

2001年~2024年におけるトルコ国籍者の日本での難民申請数推移グラフ。
2010年までは概ね150人以内程度。11年以降は徐々に増加し、15年926人、16年1,143人、17年1,195人、18年563人、19年1,331人など。23年2,406人、24年1,223人。
他方で、認定された人は、22年に1人、23年に3人のみ。

トルコ国籍のクルド人が川口市などで暮らし始めたのは1990年代です。トルコでは当時、PKKとトルコ当局との対立が激化していました。来日した人の多くが難民申請をしましたが、不認定となります。1997年には認定を後押ししようとクルド難民弁護団が結成され、以降、多くの訴訟が提起されました。しかし、2022年に裁判を経て1人が認定されるまで、日本ではトルコ国籍クルド人の難民認定は1件もありませんでした。

2022年に難民認定されたのは、トルコ当局にPKKとのつながりを疑われて拷問を受け、2014年に日本に逃れて難民申請した男性です。男性も当初は不認定となって控訴審まで争い、札幌高等裁判所で不認定処分を取り消す勝訴判決が出たのを受けて、やっと認定されました。トルコ国籍者は2023年にも3人認定されましたが、その民族は分かっていません。

トルコ国籍クルド人の難民不認定処分を取り消す判決は、2000年代にも名古屋地裁・高裁、東京地裁で相次ぎました。クルド人側が勝訴したにもかかわらず、法務省は難民と認定しませんでした国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も2000年代に、日本で複数のトルコ国籍クルド人を「難民」と認めましたが、日本政府はこの人たちについても難民認定せず、そのうちの父子をトルコに強制送還しました。父子はその後、UNHCRの仲介で第三国に逃れ、残された家族も合流して安定した暮らしを手に入れました。

日本政府が2022年まで、頑ななまでにトルコ国籍クルド人を難民認定してこなかった理由について、クルド難民弁護団の大橋毅弁護士は、日本と友好関係にあるトルコ政府がクルド人に対する迫害を「テロ対策」と称して正当化してきたため、「トルコ治安当局が『テロ対策』名目で行う措置を、法務省が『迫害』と認定することは、協力関係を阻害するから、あり得ないのだろう」3と分析しています。

◆世界

2014-232024
申請認定申請認定認定率
総数440,00193,087113,57417,84422%
ドイツ175,86027,94363,5034,62211%
カナダ24,51213,0243,0194,89494%
フランス59,98910,64815,9222,42815%
米国29,7716,6608,27879787%
英国12,8594,5713,07541416%
オーストラリア1,969828212181%
日本10,2004 1,888 00%
※2024年は上半期のみの人数

UNHCRによると、世界ではクルド人を含むトルコ国籍者が毎年のように1万人以上、難民認定されています。2024年にも、カナダで4,894人、ドイツで4,622人など、計1万7,844人が認定されました。

「インタビューに応じるマルティン・ファン・ブライネセン名誉教授」の写真

クルド研究で知られるオランダ・ユトレヒト大学のマルティン・ファン・ブライネセン名誉教授(Dr. Martin van Bruinessen)はJARのオンラインでのインタビューに、「難民には一人ひとりに、その人だけの物語がある」と話し、難民性を個別に精査する重要性を強調しました。トルコ系クルド人の中でも、「(特に)危険を感じる理由があるのは、何らかの形でクルドの民族運動に関わっている人だ」と指摘し、「クルド系メディア関係者、疑わしい理由で投獄された人の弁護人、民族運動への関与を疑われた公務員」を例として挙げました。

クルド人への人権侵害は、以下に例示するように欧米諸国によるトルコの出身国情報でも多数指摘されています:

  • トルコ政府はほぼ全てのクルド語メディアを治安を理由に閉鎖しており、クルド系市民団体への活動規制も継続。クルド人地域での拉致や強制失跡、警察署や刑務所での虐待の報告も続いている(英国内務省の出身国情報2025年8月更新版)
  • 複数の人権団体によると、トルコ当局はPKKなどとの関係を疑った人物を多数、「疑問のある証拠基準を適用し、法律で定められた手続きに完全には則らずに」逮捕拘束し、裁判にかけ続けている(米国・国務省の人権報告書2022年版)
  • トルコ警察の専従部門はSNSを幅広く監視(オランダ外務省の出身国情報2025年版)。「クルド人の政治的・文化的権利」や「トルコ当局とPKKの紛争」に関する投稿をすると刑事手続きの対象とされた(同2023年版)

在日クルド人の中には、本来なら早期に難民認定され、在留資格を得て自立した社会生活を営めていたはずの人たちもいます。しかし、日本政府が人権侵害の訴えに真摯に向き合ってこなかったために、10年、20年と歳月を奪われ、今に至ります。

強制送還―20年以上暮らす人や日本育ちの子どもも対象に

クルド人の子どもたちのために寄付されたランドセル=「在日クルド人と共に」事務所で撮影

今年7月から加速している強制送還では、1990年代に来日し、難民であるという主張が認められないまま人生の半分以上を日本で過ごしてきた人たちも送還対象とされています。また、親子が引き離されたり、子どもが学びを続ける機会を失ったりする事態も起きています。

入管庁によると、難民申請者全体では、3回目の申請で難民と認定された人は2023年は3人、2024年も2人いました。このように、3回目以降であっても難民に該当していたと認められることが、実際にあります。本来保護されるべき人を出身国に送還した場合、現地当局による拘束など、取り返しのつかないことになる懸念があります。

また、日本における難民審査は、1回目の申請で平均約3年、時には10年に迫るほど長期にわたります。そのため、結果が出るまでに生活の基盤ができる人も少なくありません。特に日本で生まれたり幼くして来日したりして日本の学校教育を受けて育った子どもたちにとっては、親の出身国は全くなじみがないものです。

地元の支援者によると、仮放免の入管出頭日に父親だけが収容され、送還された事例もあり、残された子どもが「学校でも暗く沈んだ表情で、ほとんど何も話そうとしない」と、先生が心配していたそうです。物心がつく前に来日して今年中学生になった少女は、夏休み中に運動部の練習試合を終えて帰宅した数時間後、自宅を訪れた入管職員に家族と共に入管に連れて行かれ、その日のうちに送還されたとのこと。支援者は、「友達に別れを告げることもできないまま送還された子どもたちの心中はいかほどか」と話しました。

入管庁は2024年に、法務大臣がその前年に「今回限り」として示した方針に基づき、日本生まれで学齢期の子どもがいる家族140世帯395人に在留特別許可を出したと発表しました。日本での生活が長くなり、すでに日本社会に根付いている難民申請者については、難民と認めない場合でも、このような特例措置を通じて正規の在留資格を付与することが人道的、かつ現実的な対応といえるのではないでしょうか。

ヘイトの矛先―2023年のいくつかの出来事

川口駅前で2025年7月、排外的な演説をする参院選候補者に対し、反対の意思表示をする人たち

クルド人への誹謗中傷は、3回目以降の難民申請者の送還を可能にする入管法改正案が国会で審議された2023年頃から始まりました。この年の7月には、クルド人同士の喧嘩による負傷者が運び込まれた川口市の病院前に関係者の親族らが多数集まり、混乱が生じる事態が発生しました。その様子がSNSなどで拡散され、注目が集まりました。2月にトルコ南東部で起きた大地震を経て、来日するクルド人が増えていた時期とも重なります。

一部メディアやSNSでは、クルド人が難民認定制度を「誤用・濫用」して難民申請を繰り返す「偽装難民」や「不法滞在者」だとの批判が出回り、神奈川県川崎市で在日コリアンに対するヘイトスピーチやデモを行っていた人たちも、クルド人を新たな標的にしました。そして、殺害の呼びかけや、嘘の情報を含むヘイトスピーチが激化していきました。ヘイトスピーチは、出身地や民族、宗教、ジェンダーなどの属性に基づいて特定の集団や個人を標的とする攻撃的、差別的、侮辱的な言動のことを指します。対象者の排除や差別を助長することから、2016年には日本でもヘイトスピーチ解消法が施行されています。

さいたま地裁は2024年11月、川口市のクルド人団体「クルド文化協会」周辺でクルド人排斥を訴える街宣やデモを繰り返していた神奈川県の男性に対し、事務所の半径600メートル以内でのデモなどを禁止する仮処分を決定しました。ただ、デモなどは場所や形を変えて、その後も散発しています。クルド人の子どもを盗撮し「万引きをしている」などという偽情報をSNSで流すような悪質なデマや、「クルド人は悪いやつだ」といった言葉を登下校中の子どもに浴びせるなどの嫌がらせも後を絶ちません。

言葉の重み―「有識者」や議員の言動

さいたま市の公園で開かれたクルド人の祭り「ネウロズ」=「在日クルド人と共に」提供

一部の「有識者」や報道関係者らは、在日クルド人の多くの出身地であるトルコ南東部を2024年に「現地調査」や取材で訪問し、地元の人に話を聞くなどした結果として、在日クルド人の大部分は「難民ではなく経済移民だ」「迫害されたというのは昔の話」などと主張しています。その主張は、クルド人批判の根拠として、メディアや政治家にも引用されています。しかし、通訳を連れた外国人が、差別の対象になっている少数民族が住む地域を数日から数週間訪れても、得られる情報には限りがあります。

欧米諸国がまとめたトルコの出身国情報には、クルド人に対する事例が多数記載されており、「現地調査」が行われた2024年にも、世界では多くのトルコ国籍者が難民認定されています。難民申請者に対する迫害のおそれについては案件ごとに個別判断が必要なことから、クルド人全体を捉えて「難民だ」「難民ではない」と論じること自体が、専門家としては極めて不適切です。

2025年に入り、国会議員らが「クルド人問題」に関連して相次いで川口市などを視察し、クルド人について「偽装難民」「不法滞在」と決めつけて取り締まり強化を訴える文章を発表したり、「秩序を維持できない外国人と共生するつもりはない」と明言したりしました。しかし、影響力のある立場にある人ならばなおのこと、川口市周辺のクルド人全体を一括りにして対立や分断を煽ることにならないよう、発言には慎重さが必要です。

誤情報―データ上「治安の悪化」は起きていない

グラフ。川口市における外国人人口は2005年に15,049人、2024年43,128人と概ね右上がりで推移。
川口市の刑法犯認知件数は、2005年14,413件、2024年4,529件と概ね右下がりで推移。(直近は、21年3,501件、22年3,815件、23年4,437件、24年4,529件)

ネット上では、クルド人が関係した事件や事故の情報が、事あるごとに誇張されて拡散され、クルド人の存在自体が治安の悪化を招いているかのような書き込みがされています。しかし、それらの事案は必ずしもクルド人だから起きたわけではありません。国籍に関係なく、日本人も含めた誰もが事件・事故の加害者にも被害者にもなり得ます。

データを見ても、川口市では外国人の人数が過去20年で約3倍になっていますが、犯罪の認知件数は逆に約3分の1に減少しています4。全国的に見ても、在留外国人数は大幅に増加しているにもかかわらず、外国人による犯罪件数は減少傾向にあります。国立社会保障・人口問題研究所の是川夕・国際関係部長は警察庁の犯罪統計資料の分析に基づき、「外国人の増加による治安の悪化といった現象は事実として存在しない」と指摘しています5

ただ、不安を煽るような情報が急増し、住民の体感治安が悪化している可能性はあります。ネット上では過激な内容ほど拡散されやすく、一度閲覧するとアルゴリズムによって似たような情報が次々と表示されるため、誤った情報が「事実」であるかのように錯覚しやすくなります。クルド人にまつわる嘘の投稿やフェイク画像なども多数出回っています。不安や怒りを煽るような投稿により「関心」が一気に高まり、現在のクルド人への注目が「作られている」側面もあるようです。

「問題」の本質―歩み寄りと対話、そして社会構造への関心

「在日クルド人と共に」の日本語教室で、クルド人が持参した手作りの菓子を分け合う参加者とボランティア

文化的背景や習慣が異なる人たちと共に暮らすとき、不安に思う人もいると思います。見た目が違う人の集団が耳慣れない言葉で話していれば、「怖い」「うるさい」と感じることもあるかもしれません。ただ、話の内容が分かれば、ほとんどは自分たちと同じような何気ない話だと気づくでしょう。同様に、外国から来た人も、言葉や習慣が違う土地で差別的な視線を感じ、不安を抱きながら暮らしているのかもしれません。

お互いへの無知や無関心は差別や暴力につながりかねません。少しずつでも相手を知ろうとすれば、不安が関心に変わり、見えてくることがあるはずです。「クルド人問題」とは、クルド人が「問題」なのではありません。問題は、クルド人や難民を取り巻く社会の仕組みや構造です。

大切なのは、対話を重ね、一歩ずつ問題を乗り越えていくこと。先入観をいったん脇に置き、さまざまな人が自分らしく暮らせる社会を目指して互いに歩み寄ることができれば、日本の社会はさらに豊かになっていくのではないでしょうか。

日本におけるトルコ国籍クルド人を巡る主な動き

1990年代トルコ国籍のクルド人が川口市などで暮らし始める
1997年3月「クルド難民弁護団」結成
2004年4月名古屋地裁、東京地裁で、クルド人難民申請者の勝訴判決が相次ぐが、法務省は難民と認定せず
2005年1月日本政府、UNHCRが難民と認めたクルド人父子を強制送還
2020年12月川口市長、「仮放免者の生活維持に関する要望書」を法相に提出。2023年9月にも再提出
2022年5月札幌高裁でトルコ国籍のクルド人難民申請者の男性が勝訴。7月に初の難民認定
2023年2月トルコ南東部で大地震。多くの在日クルド人の故郷も被害に遭う
 4~6月国会で入管法改正案を審議(3回目以降の難民申請者の送還も争点)
 6月川口市議会、外国人犯罪の取り締まり強化求める意見書を可決
 7月川口市の病院前に多数のクルド人が集まった画像がネットで拡散。SNSでのヘイトスピーチなどが激化
2024年2月国会質問で、与野党議員が「クルド人問題」を取り上げ始める
 11月さいたま地裁、川口市のクルド人団体事務所付近でのヘイトデモ等を禁止する仮処分を決定
2025年5月トルコのクルド人武装組織PKK、解散を宣言
入管庁、非正規滞在外国人の削減目指す「ゼロプラン」発表
 7月参議院選挙で排外的な主張をした政党が議席拡大
強制送還が本格化

  1. 難民不認定の結果、在留資格が失われた場合など、強制送還の対象となる理由が生じた場合、入管の収容施設に収容されることがある。収容は最後の手段とすべきであり、日本では無期限の収容が可能なことが問題として指摘されている。[]
  2. 出身国情報とは、各国政府や国際機関などが、難民の出身国での人権状況や政治社会状況などを調査した情報。難民申請の審査で、難民かどうかの判断に活用される。[]
  3. Mネット2020年6月号「クルド難民を拒絶する法務省」弁護士・クルド難民弁護団 大橋毅[]
  4. 川口市「川口市・埼玉県・全国刑法犯認知件数の推移」https://www.city.kawaguchi.lg.jp/material/files/group/15/H16-R6ninntikennsuuhoka.pdf[]
  5. 是川夕「外国人が増加すると治安が悪化するのか? 犯罪統計による検証」(2025年6月)https://www.hitachi-zaidan.org/global-society-review/vol4/assets/pdf/vol4_commentary.pdf[]