[意見全文はこちら]
難民支援協会は、出入国在留管理庁(入管庁)が2025年5月23日に発表した「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」と銘打った計画について、日本が加入する難民条約の精神に反し、国内で暮らす難民の安心を脅かすものだとして強く抗議し、再考を求める意見を発表しました。
入管庁はこの計画で、申請時に「明らかに難民に該当しない」と判断する案件を実質的に増やすことや、非正規滞在状態となっている難民申請者らの国費による強制送還数を「3年後に倍増」することなどを目標に掲げています。日本の難民認定制度にはさまざまな課題があり、本来であれば難民に認定されるべき人が認定されずに非正規滞在となっている実態があります。その中での本計画実施は大きな問題です。以下は、当協会が主張する主な論点です。
1.難民不認定につながるB案件への振り分けは慎重であるべき
入管庁は、難民申請書の記載内容に基づいて、申請案件をA〜Dの4案件に振り分ける運用をとっています。このうちB案件は、「難民条約上の迫害事由に明らかに該当しない事情を主張している」と判断された案件で、在留制限の対象になります。これまで、B案件への振り分けは限定的で、2024年は全申請者数の0.6%でした。
入管庁は今回、B案件を出身国情報などを踏まえて「類型化」し、実質的に振り分け数を増やそうとする方針を表明しました。法務大臣は記者会見で、「結果として(中略)在留を認めない件数が増加し、これを増やすことで、誤用・濫用的な申請の抑制効果が出ると考えています」と発言しています。類型化の具体的な内容は明らかにされていませんが、当協会は以下の理由から、類型化に伴う日本の難民保護の後退を強く懸念しています。
・面接を実施しないリスク
難民に該当しないという誤った判断に基づき出身国に送還された場合、迫害や人権侵害を受けるなど、取り返しのつかない重大な結果を招くことになりかねません。不認定とする判断こそ、慎重に行われるべきです。しかし、政府はB案件に振り分けられた申請者の一部について、「面接による事情聴取を要しない」との方針を示しています。面接での申請者の供述は、難民認定判断に不可欠な要素であり、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、すべての申請者に「面接において直接申立てを行う機会」が与えられる必要があるとの見解です。このように適正な手続きが保障されないB案件の拡大は、誤った判断が出されるリスクを高めるものです。
・尊厳ある生活水準の否定
B案件とされた申請者は、在留資格が付与されず、就労が認められず、医療へのアクセスも保障されません。生活に困窮する難民申請者に対する公的支援「保護費」も受給できず、入管収容のおそれもあるなど、出身国での迫害を逃れてきた先でまで、「尊厳ある生活水準」を否定される状態に追い込まれます。
・難民申請書のみによる判断の危うさ
案件振り分けは、最初に提出する難民申請書の内容を軸に判断されます。しかし、当会で申請書の作成をサポートしてきた経験では、申請者自身が条約上の「難民」の定義を十分に理解し、迫害のおそれに関する事情を初めから的確に記入できている事例は極めて限られます。したがって、申請時の情報のみでB案件、つまり「明らかに難民と認められない案件」(法務大臣)に当たると判断するのは危険です。
・脆弱な情報収集・分析体制
「類型化」に必要とされる「最新の出身国情報」や、その分析を十分に行う体制を入管庁が有しているかは疑問です。2024年の難民申請者の出身国は92か国に上りましたが、入管庁で出身国情報の収集等に専従する職員数は同年4月1日時点で12人にとどまります。出身国情報の収集や分析のための限られた資源は、B案件への振り分けを増やすためではなく、難民等の可能性が高いとされるA案件をはじめとする難民の迅速な保護に割くべきです。
・個別事情の考慮
B案件の「類型化」が、国籍や性別などの属性のみに基づいて行われることを懸念します。難民と認められない案件に該当するという判断が、申請者の個別事情を考慮せずに外形的な要素のみによって行われることは極めて不適切です。
・案件振り分けの検証
案件振り分けの適正性が、長年にわたり検証されてこなかったことも問題です。政府は案件振り分けが導入された2015年から2016年にかけて、「難民認定制度運用の見直し状況検証のための有識者会議」を開催し、B案件等に振り分けられた案件の検証や課題の分析を行いましたが、2017年以降は実施されていません。このような検証の場の再開を求めます。
2.審査期間の短縮は難民の迅速な保護のために行うべき
入管庁は、この計画によって「期待される当面の効果」として難民申請の「平均処理期間」の短縮を掲げていますが、具体的な手段は示していません。仮に、審査期間の短縮を「類型化」によるB案件の拡大と、それを通じた難民申請に対する「抑制効果」で達成しようとしているのであれば、極めて問題です。
審査期間の短縮は、あくまでも難民を適切かつ迅速に保護する目的で行われるべきです。計画は、2024年には1年10か月だった平均審査期間を、「2026年中に新規受理した申請」については「6か月以内」に短縮することを目標に掲げていますが、2025年以前に受理した案件への対応には言及がありません。目標に沿う案件を優先するのではなく、現状では2年以上待たされることも珍しくないA案件の迅速な保護や、申請から5年以上の長期にわたって結果が出ていないような案件の審査こそ、まずは加速すべきです。
3.強制送還ありきで難民認定手続を迅速化すべきではない
難民申請者は原則として、審査結果が確定するまで出身国への強制送還が停止されます。しかし、2024年6月施行の改正入管法では、施行後に3回目以降の難民申請を行った方などについては、審査中であっても送還を可能にする規定(送還停止効の例外規定)が導入されました。今回の計画には、「法改正施行前の複数回申請者について、早期の審査を実施する」と記載されています。ここからは、送還停止効の例外規定の対象にならない複数回申請者の審査結果を早く出し、強制送還できる状態にしたいという意図がうかがえます。このような施策により、日本での保護を必要とする難民の送還が拡大することを強く懸念します。
・難民認定制度の課題
現行の難民認定制度には多くの課題があり、政府は難民として認定するべき人を適切に認定できていません。入管法改正にあたり、参議院では難民保護に向けて政府が行うべき施策を具体的に掲げた附帯決議が採択されましたが、現状では十分な対応は見られません。制度の課題を改善しないまま改正法施行前の複数回申請者について「早期の審査」が行われた結果、難民と認定されるべき方がまたも不認定となることを懸念します。
・「複数回申請者=誤用・濫用者」ではない
計画では、「誤用・濫用的な難民認定申請」の抑制をうたっていますが、政府は複数回申請者であっても保護を必要とする存在だという認識で審査に臨むべきです。2023年の難民認定者のうち5人、人道配慮による在留許可を受けた方のうち167人が2回目以降の申請者でした。「前回の難民認定手続における主張と同旨」であることだけを理由に不認定としたり、送還対象と認識したりすべきではありません。政府は2018年以降、複数回申請者を原則として在留制限の対象とする運用をとっています。それでも複数回難民申請する方々は、就労が認められずに生活が困窮しても、出身国への送還を恐れて再度の申請を行わざるを得ない状況にあると捉えるべきです。
・AIの活用は慎重に
計画では、難民等認定手続におけるAIを含むデジタル技術の活用にも触れています。審査の効率化が期待される一方で、審査過程の不透明性や不認定理由の特定困難、誤った判断に対するアカウンタビリティの欠如といった、難民保護の根幹にかかわる課題が報告されています。また、出身国情報の調査にAIを用いた場合、ハルシネーション(AIが作り出す幻覚のような誤情報)やインターネット上の誤情報に基づく調査、個人情報の流出といったリスクも指摘されており、導入には慎重な対応が求められます。
4.難民申請者の送還を加速すべきではない
計画は国費による強制送還を加速し、「3年後に倍増」との目標を掲げています。しかし、送還停止効の例外規定は、難民・難民申請者の送還を禁じる国際法上の原則の違反につながります。難民を出身国に送還するということは、その人が送還先で受ける迫害や人権侵害に、日本も加担することを意味します。
5.難民認定制度の改善に最優先で取り組むべき
・なぜ、日本に逃れた難民が非正規滞在となるのか
そもそも、難民審査と非正規滞在の状況が、どう関連してくるのでしょうか。この計画を見るに、政府は、難民申請の理由がない人が申請を繰り返してきた結果、非正規滞在者が生まれていると捉えているようです。しかし、日本の難民認定制度にはさまざまな課題があり、本来であれば難民として認定されるべき人が認定されず、非正規滞在となっているという実態があります。
それでも、当事者にとっては危険な出身国に帰ることはできず、難民申請を行いながら、権利を剥奪された状態であっても、日本での滞在を続けざるを得ないのです。2024年の難民申請者のうち、複数回申請者は全体の11%に当たる1,355人でした。日本での滞在が長期化し、出身国とのつながりがすでに絶たれている方もいます。高齢に差しかかっている方もいます。そのような中で、非正規滞在者としての生活に不安を抱えながらも、社会とのつながりを作りながら暮らしています。政府は、難民申請者が置かれたこれらの状況や、その背景にある構造的な問題に目を向けなければなりません。
本来、最優先で行うべきは、難民認定制度の改善です。具体的には審査基準の適正化や、審査プロセスの透明性・公平性の確保が必要です。難民不認定とする場合であっても、申請者本人の目線で納得感のある審査のあり方を追求するべきです。すなわち、現行制度に欠けている難民審査における釈明の機会の付与や、不認定理由の拡充、不服申立ての独立性・専門性・公平性の確保や、法律扶助を含む効果的な救済へのアクセス保障が必要です。
・すべての人が平等かつ尊重される社会を目指して
日本には、すでに難民を含むさまざまな背景の人たちが暮らしています。特定の状況にある方たちの排除につながる本計画の発表は、そうした多様な人びとの不安を引き起こすものでした。政府は「ルールを守らない外国人に係る報道がなされるなど国民の間で不安が高まっている状況」を受けて、今回の計画をまとめたとしています。曖昧かつ汎用性の高い「ルール」という表現は計画が対象とする非正規状態にある方のみならず、外国人一般に対する差別意識の助長につながります。
政府は、試行錯誤を重ねながら多様な人びととの共生に取り組んできた地域の実践に目を向けることなく「外国人」が「国民」に不安を与える存在であるかのような構図を描き、あたかも社会に深刻な対立や分断があるかのように強調しています。しかし現実には、小さな対立や分断を乗り越え、新たな対話や関係を築きながら、排除ではなく包摂に向けて歩んできた人びとの努力があります。そうした実態をないがしろにし、権力ある立場から社会の認識を塗り替えようとするような発信がなされていることは、非常に残念です。
本計画の名称にもある「不法滞在者」という言葉は、特定の状況にある人に対する不信感や差別意識を助長するものとして、国連や諸外国において「使用してはならない」とかつてから呼びかけられてきました。日本に逃れた難民は、国籍や性別、職歴や信条など、一人ひとりが異なる背景を持っています。この国で「国民」として暮らす人びとも同じはずです。その人の属性や、法的な位置づけに基づく差別や排除が正当化されることのない社会の実現を強く望みます。
意見全文はこちらからご覧ください。