活動レポート

イベント報告 カナダ大使館共催
「Refugee Talk :カナダの民間難民受け入れに学ぶ」

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    2016年、46,000人以上の難民の再定住受け入れを実現させたカナダ。しかしその内、40%にあたる約18,000人は市民団体や個人といった民間による難民受け入れ「プライベート・スポンサーシップ」を通じた取り組みであったということをご存知でしょうか。
    2月20日(月)、難民支援協会(JAR)はカナダ大使館と共催で「カナダの民間難民受け入れに学ぶ」という公開シンポジウムを開催しました。
    カナダの市民団体であるORAT(カトリック・トロント大司教区難民事務局)の代表マルティン・マルク氏を招待し、ORATが行っている画期的な民間受け入れの仕組み、カナダ政府やカナダ市民が熱意を持って難民支援にコミットする理由、市民社会が難民を支援することの意義などについて、お話いただきました。
    会場からの質疑もあり、活発な議論が交わされたイベントの様子をご紹介します。
    *参考:カナダのプライベート・スポンサーシップやORATの活動に関する記事はこちら

    「私たち日本社会が何をできるのか」 ―石川えり JAR代表理事

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    初めに、JARの石川より日本で初めてJARが日本語学校と協働で実施するシリア難民のプライベート・スポンサーシップ受け入れ事業についてご報告させていただきました。

    カナダで出会った画期的な受け入れシステム

    2016年、日本における難民申請が1万件を超えた一方で認定数は28人に留まり、未だ難民を取り巻く状況は厳しいものが続いています。その一方、深刻化するシリア情勢のメディア報道を通じて、難民に対する関心が日本でも高まり、多方面から「支援をしたい」という声がJARに届くようになりました。そんな中、2015年12月、ある日本語学校からの、難民を留学生として受け入れられないかという問い合わせがJARにありました。
    JARは2011年以降、日本へ逃れてきたシリア難民への個々の支援を実施しており、加えて2015年9月以降に世界中で過熱するシリア難民の受け入れ議論を受け、より積極的な日本でのシリア難民受け入れを求め、政府へ申し入れ等を行うと同時に、民間での受け入れを模索してきました。日本語学校からの問い合わせが具体的に事業を検討するきっかけとなり、まずは、先行事例を知るため、2016年1月にスタッフをトロントに派遣し、ORATの視察を行いました。

    日本初「プライベート・スポンサーシップ」

    その後、ニーズ調査のために、2016年5月にスタッフをトルコに派遣し、多くのシリア難民の若者から「日本で学びたい」という声を聞きました。ニーズが確実にあることを実感し、すぐに事業化に取り掛かり、9月には応募者の募集を開始しました。最終的に3週間で200人を越える応募があり、選考を経て、この3月には6人が来日する予定となっています。
    *事業の詳細はこちら 
    最後に石川は「カナダで難民を受け入れていく民間からの取り組み、それを可能にする制度、政策、そしてなぜカナダには難民を受け入れたいと強く思う市民社会の声があるのか。その背景を一緒に学び、私たち日本社会で何ができるのかを考えていきたい」と述べ、締めくくりました。

    カナダの難民受け入れ政策 ―ピーター・クリステンセン参事官(イミグレーション)カナダ大使館

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    カナダ大使館のピーター・クリステンセン参事官からは、カナダの持つ様々な難民受け入れ制度、そしてカナダ政府がこれまでどのような難民の受け入れ政策を実施してきたかについて紹介がありました。

    3つの制度を通じた #WelcomeRefugees

    カナダ政府は2015年末、シリア危機を受け #WelcomeRefugeesというスローガンのもと、”Operation Syrian Refugees(シリア難民事業)”というプログラムを開始しました。政府は2015年11月から2016年2月までに25,000人以上のシリア難民をカナダに迎え、カナダ社会の一員となるよう社会統合に向けた取り組みを進めました。2017年2月までには合計40,000人以上ものシリア難民がこのプログラムを通じてカナダに受け入れられました。カナダでは3つの難民受け入れのための制度があります。官民それぞれが役割分担をし、連携していることが特徴です。
    GAR(政府により受け入れた難民):UNHCRなどにより難民と認定された人々を対象とし、政府が主導し受け入れる制度。受け入れられた難民はカナダでの永住権が与えられ、原則として1年間、政府からの生活支援、就労支援を受けて自立を目指す。2016年は約23,000人が受け入れられた。
    PSR(プライベート・スポンサーシップで受け入れた難民):個人、または団体がカナダ政府に難民認定のための申請を行い、認定された人を迎える制度。彼らにも永住権が与えられ、原則として1年間、支援者(スポンサー)からの生活支援、就労支援を受けて自立を目指す。2016年は約18,000人が受け入れられた。
    BVOR(官民連携により受け入れた難民):UNHCRなどにより難民と認定された人々を対象とし、官民が連携して受け入れ、支援する制度。はじめの半年は政府から、次の半年は一般の支援者からの生活支援、就労支援を受けて自立を目指す。2016年はこの制度を通して約4,400人がカナダで受け入れられた。

    プライベート・スポンサーシップ制度を広める取り組み(GRSI)

    カナダ政府はプライベート・スポンサーシッププログラムを世界に広める活動も行っています。2016年9月の国連総会で、カナダ政府はUNHCR、Open Society Foundationsと共同でGlobal Refugee Sponsorship Initiative(GRSI) という枠組みを発足しました。GRSIは2016年12月にカナダの首都オタワでパートナシップイベントを開催し、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、チリ、ドイツ、ニュージーランド、イギリスの8ヵ国から専門家や政治家が参加し、カナダのモデルを世界に広める活動も行っています。
    昨年までは政府主導の方が、民間による受け入れ人数より多かったのですが、2017年の計画では政府主導が7,500人で民間主導が16,000人となっており、初めて数が逆転したことも注目されています。

    難民はカナダの”ニューカマー” ―マルティン・マルクさん ORAT代表

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    カナダ東部、オンタリオ州の州都であるトロント。そのトロントを中心とし、約650万もの人が暮らすトロント大司教区には約200万人のカトリック信者が所属しています。
    2009年に開設されたORAT(カトリック・トロント大司教区難民事務局)は225の教会が所属する大司教区の中で114の教会が所属しており、今日では5,000人の難民の受け入れに関わっています。ORATの代表を務めているマルティン・マルクさんは、これまでカナダの辿った難民受け入れの歴史、プライベート・スポンサーシップ制度とORATの取り組み、最後に「今日私たちに何ができるのか」というメッセージを伝えてくれました。

    カナダに到着した難民は「新しいカナダ市民」

    カナダにおける難民とは、移民の中の「人道的配慮による移民(難民)」という枠に属している人々のことを指します。例えば2016年、カナダは30万人という移民の枠(永住権取得者)を設定しており、その内、「人道枠」として難民受け入れを行っていると言うことができます。
    しかしこの人道枠(家族の呼び寄せ、難民申請、第三国定住難民)は移民枠全体の4割を占めており、移民という枠の中でカナダが国として難民の受け入れを積極的に取り組んでいることが見て取れます。
    「難民がひとたびカナダに到着すれば、私たちは彼らを『難民』と呼びません。『ニューカマー』または『新しいカナダ市民』と呼びます」というマルティンさんの説明は、日本にはない視点を提示してくれました。
    カナダにおける難民受け入れの歴史は、1870年代まで遡ります。初代のトロント司教であったパウエル司教が、当時、干ばつによる飢饉で故郷を逃れたアイルランド難民に食料を提供したことに始まります。司教はその時の過労がたたって亡くなりましたが、彼の難民支援の業績は今日までカナダの人々へと引き継がれています。
    その後1960年代のハンガリーやチェコスロバキアといった、当時の旧共産主義圏からの政治難民などを受け入れていましたが「一番の転機は1978年、インドシナ難民の受け入れのためにプライベート・スポンサーシップ制度が開始されたことである」と、マルティンさんは述べています。
    民間の力を取り入れ、政府の負担軽減を目的としていたこの制度にトロント司教区は当初から積極的に関与し、教区の人々はベトナム難民を自分の家に迎え入れました。「私たちが胸を張って言えることは、この時難民として受け入れたベトナム難民の人々が、今日ではシリア難民の支援者となっていることだ」とマルティンさんは強調します。自らも難民として逃れ、彼らの心境を真に理解できる人たちも、カナダ市民として受け入れに携わるというよいサイクルがあることが、受け入れを継続し、広げることができているポイントと言えるかもしれません。このような積極的な難民支援の結果、カナダ市民は1986年に「ナンセン難民賞」を受賞しました。

    プライベート・スポンサーシップの仕組みとORATの取り組み

    カナダには大きく分けて3つの難民の再定住受け入れがあると先ほど紹介しましたが、その内の一つ、プライベート・スポンサーシップは3つのグループを通じて難民受け入れを行っています。
    G5(5人グループ):カナダ国籍保持者、またはカナダの永住権保持者が5人集まり、受け入れる方法。
    CS(難民受入地域組織):地域コミュニティや会社、NGOといった組織が受け入れる方法。年に2家族までの受け入れが認められている。
    *上記の2つのグループでは、受け入れ対象者はUNHCRまたは現滞在国によって「難民」として認められている必要がある。
    SAHs(民間難民受入認定団体):カナダ政府と難民受け入れに関して契約を結んでいる組織が受け入れる方法。ORAT含め、約120の団体が認定されている。宗教や民族による団体が中心。団体自ら受け入れることもあるが、主に難民受け入れの仲介団体としての役割を果たしている。SAHは上記の2グループとは異なり、まだ難民として認められていない人々も受け入れることができる。しかしカナダに到着する前に、政府に難民申請を行い、認められる必要があるため、受け入れ団体は、事前に、難民該当性、適格性(医療、犯罪、安全保障上の課題の有無)、信頼性、適応性(自立可能性、脆弱性)を厳格に審査する必要がある。
    ORATが受け入れる難民は、すでにカナダで受け入れられた難民の家族に加え、政府からの紹介、ORATが「選考ミッションの旅」を通じて自ら選ぶ場合があります。「選考ミッションの旅」ではORAT職員が直接難民キャンプへと足を運び、選考を行いますが、ここでは国連に登録すらされていない人々など、「声なき声」を発見し、救い上げる目的もあります。さらにORATでは、受け入れを希望するスポンサーに対しても金銭的責任をしっかりとれるのか(難民1人につき約$12,600=約107万円の支度金が必要)、その他に生活的、心理的支援を提供できるかも見極めます。
    しかし、難民が実際にカナダに到着するまでには長い道のりがあります。現地で難民にインタビューを行い、受け入れを決定した後にも書類のチェック、定住計画の確認、支援者への研修、政府への申請書類を提出します。書類提出後からビザ発給までに4年かかることもあります。それほどの長い道のりを経て、難民がついに空港に到着する瞬間は「信じられないほど最高の気分だ」とマルティンさんは言います。難民側も数年前に難民キャンプで出会ったマルティンさんのことを覚えており、到着時には難民とスポンサーの間に家族のような強い絆が存在しています。ORATではその他にも定期的な説明会、セミナーといった啓発活動や、スポンサーの研修やケアも行っており、「受け入れて終わり」ではなく、いつでも寄り添い支援することを大切にしています。

    今日、私たちができること

    プライベート・スポンサーシップはカナダ市民、そしてニューカマーたちの持つ未活用の市民の力を使用している点から、政府の限られている財源での受け入れを大きく補強する制度といえるでしょう。ただし、これは政府による責任ある受け入れがあって可能となる制度であり、政府や政治家のイニシアチブが大切であることもマルティンさんは指摘しています。
    同時に、プライベート・スポンサーシップは、「難民の命を救う」、「家族を再会させる」という人道支援の原点を、純粋に市民一人ひとりが行うことが可能な制度である、ということも忘れてはならないでしょう。ORATでは昨年、1,200件の受け入れ申請を政府に行いましたが、この人数は他の第三国定住を行っている国を10ヵ国足しても及びません。カトリックの一団体が成し遂げている実績から、日本にいる私たちは多くのことを学び生かすことができるのではないでしょうか。
    最後にマルティンさんは「約6,500万もの人が世界中で故郷を追われている今日、たくさんの国々が難民に対して国境を閉ざし、受け入れの数を減らしている今日、私たちは再考し、”Yes, we can do it!(私たちはやり遂げられる!)”と言えることが必要でしょう。今日世界が向かっている道とは違う道も存在します。このORATの取り組みはその一つとして皆さんに考えてもらえればうれしいです」と述べました。マルティンさんの最後のスライドは、”DO IT(実行あるのみ)”の二文字。強いメッセージを会場に残してくれました。

    “ただ食べ物を与えるのではなく、希望を与えなさい” ―ディスカッション、質疑応答より

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    マルティンさんのスピーチの後、マルティンさんを中心にJARの新島と石川を加えたディスカッション、そして会場からの質疑が行われました。

    カナダはなぜ難民を受け入れるのか

    ディスカッションは「なぜカナダ市民は難民を受け入れるのか?」というトロントを視察した新島からの率直な疑問をマルティンさんに聞くことから始まりました。それに対してマルティンさんの答えは、「なぜ受け入れないのか?」という私たちへの問いでした。「自分たちは幸せかもしれないが、だからと言って地球の反対側で苦しんでいる人々を忘れていいのか」というシンプルだが力強い思いを語ってくれました。

    関わり方の方法を示すことが必要

    続いて、石川が日本における民間受け入れを広げる可能性について述べました。難民の受け入れに反対する意見がある一方、「日本語学校として難民のために貢献したい」、「社宅を提供したい」、「アルバイトの場所を提供したい」という市民の声を紹介しました。日本では、支援をしたいが何をしたらよいか分からないという人が多く、そのような人たちにやり方を示してあげることが大切になるであろう、そうすれば支援の輪も広がっていくであろうと、石川は述べました。

    ゆっくり、慎重に進めることが大切

    今では5,000件のファイルを抱えるORATの事務所ですが、2009年の開設当初は、3件のファイルが置かれているだけでした。マルティンさんがはじめて教区の人に難民を受け入れられないかと電話をした際は、すぐに電話を切られてしまったそうです。そこから大司教区の半分もの教会が所属するまでに成長を遂げたORATですが、それはゆっくり周りの人に話しかけ、理解を得て、資金を確保し、国のリーダーに訴え、支援の輪を広げていったからであり、これらの事をゆっくり、慎重に進めることが大切だとマルティンさんは述べました。

    質疑応答より

    シンポジウムの最後に、会場からマルティンさんへの質疑応答の時間がありました。今回はその中から2つの質問をピックアップし、それに対するマルティンさんの回答をご紹介します。
    Q. これほどまでの難民の受け入れを可能にするのはカナダが移民社会だからでは?
    マルティンさん:「カナダが移民の国であることは間違いないでしょう。しかし、例えある人が今日カナダに移住したり、またはある人の祖先が200年前に移住していたとしても、私は彼らが移民であるとは考えません。もともと住んでいた人々と、新しく移住してきた人々の間に違いはありません。それ故、もしある社会が『私たちは移民社会でないから難民を受け入れない』と言うとしたら、それは言い訳でしかないと思います。カナダにも過去50年から100年の間にほとんど移民が来なかった地域が存在します。しかし今日カナダを旅行していると、そこら中にドイツ人や日本人の観光客を見ます。こういった世界において、『私たちは旅行できるが、彼らは来るべきではない』ということは正しくないでしょう。私の意見では、移民社会であっても移民社会でなくても、先祖が200年前に移住しようが、2000年前に移住しようが、そこに違いはありません。それを理由として難民を受け入れないのは、言い訳でしかないと思います」
    Q. 「湾岸諸国の予算で『セーフゾーン』をシリアに作る」というトランプ大統領が示唆していることをどう思うか?
    マルティンさん:「2010年、私はシリアの首都ダンスクスの下町で働いていました。その時は大きな十字架を首からさげ、キリスト教徒として道を歩いていても誰も興味を示さなかったでしょう。人々はとても親切で、私をキリスト教徒と知っていてもお茶に招待してくれました。この時のシリアはもはや過去のものとなりました。シリアは今日、新たな『現実』に直面しています。確かに、(内戦が終われば)多くの人の帰還が可能となるでしょう。しかし全員は戻ることはできず、シリア人の第三国定住は引き続き進めていく必要があります。もし第三国定住ができなくなったならば、私たちは難民キャンプで苦しむ彼らから希望を奪うことになります。トランプ大統領が難民の第三国定住を制限する大統領令にサインしたその夜、私は多くのメールをスーダン難民からもらいました。人は希望があるからこそ生き延びることができるのです。ただ食べ物を与えるのではなく、希望を与えなさい。それが何百万人もの難民が生き延びる手助けになります。彼らに対して一度でも扉を閉ざしたり、一度でも受け入れプログラムを停止させたりすれば、全ての難民の希望を破壊することになります。私たちは第三国定住と周辺諸国での統合支援を同時に行うべきです。そしてある日、もし彼らが帰れるようになれば、尊厳とともに彼らを帰還させるべきでしょう」

    カナダの経験を活かして日本にも

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    JARでは、3月よりシリア難民留学生の受け入れを開始します。マルティン・マルクさんの言葉一つひとつが、このプロジェクトに大きな影響と勇気を与えてくれました。「市民社会からの難民支援」というカナダの経験を参考に、JARでは今後も日本に逃れてきた難民の支援、そしてより積極的に難民を受け入れられる社会を目指し、活動を続けていきます。