解説記事・声明等

麻生氏による「武装難民」発言の何が問題か?

    麻生太郎副総理は、9月23日、栃木市内での講演において、朝鮮半島から大量の難民が日本に押し寄せる可能性に触れ、「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない*1」、10月8日、新潟県聖籠町の集会では「難民は武器を持っていて、テロを起こすかもしれない*2」と発言しました。
    大量の難民が日本に逃れてきた事態を想定すべきという麻生氏の問題提起は理解するものの、本来は命の保護をすべき対象である「難民」を上記のように捉えることに、難民支援協会(JAR)は憂慮します。難民と武装の関係や、北朝鮮有事に際し、逃れてきた難民を保護するための備えについてなど、JARは以下のように考えます。

    北朝鮮難民(いわゆる「脱北者」)の実態

    国外に逃れる北朝鮮人の大半は、人道・人権の危機的状況から、命を守るために逃げ出している人たちです。2017年4月の国連報告書 によると、国民の40%が低栄養の状況であり、慢性的な食糧不足と栄養失調の問題が蔓延している*3とされています 。北朝鮮から逃れた人が国へ戻された場合には、「難民」となるために不法に国を出国したこと自体が処罰対象となり、拘禁、投獄、強制労働、拷問などを受けるおそれに晒される*4ことを忘れてはいけません。
    北朝鮮難民の大多数は中国経由で韓国に逃れます。韓国統一省によると、今年1月から8月にかけて780人が韓国に逃れました。1953年の朝鮮戦争終結以来、3万人以上を韓国が受け入れています*5。
    日本へもこれまで約200人が逃れてきている*6と言われています 。中国などを経由して来日した、帰還事業で北朝鮮に渡った元在日朝鮮人や日本人配偶者とその家族など日本に縁がある人が大半です。今回の「麻生発言」で想定されているように、船で逃れてくる事例は非常に稀です。北朝鮮の厳しい海岸警備と日本海の荒波という大きなリスクがある上に、燃料の不足から日本まで航行できる船舶は決して多くはないという事情からだろうと考えられます。たとえば、2007年6月2日、青森県深浦町に漂着した男女4人の家族は、屋根もない小さな木造船で逃れてきました。所持品はソーセージなど食料の入った麻袋2個と3〜4メートルの木製オールや羅針盤でした。事情聴取に対して、「北朝鮮から⾃由を求めて、1週間ぐらいかかってやって来た」などと話したということです*7。その後、2011年9月13日に石川県能登半島沖に9人、2016年7月16日に山口県長門市に1人などが到着しています。いずれも日本政府により一時的に保護され、収容施設で数日から数週間過ごした後に韓国へと受け入れられています。
    ただし、現行の北朝鮮体制が崩壊し、まとまった人数の難民が船で逃れてくる可能性を100%否定はできません。その万が一の事態に日本が対応するためには、起こりうる事態を適切に想定し、備えることが重要です。

    想定される難民の「武装」とは

    難民が逃れる過程で武装することは、現実的には非常に考えにくいでしょう。一般的には、最低限の食糧、薬、着替え、身分証明書、携帯電話や充電器、現金など、最小限の荷物を持って逃れます。それを踏まえた上で、難民支援の現場における難民の「武装」とは以下のパターンが想定できます。
    1. 元兵士(当面武器持っている可能性がある)
    2. 戦闘員(現役で戦っている人が難民に紛れ込む)
    3. 非戦闘員(財産として武器を持っている難民。武装解除になれば現金化できる、逃れる際には家畜より扱いやすい、逃避行中の自己防衛のためになるという理由で、難民が武器を携帯することは、アフリカ等の紛争地域では散見される現象)

    難民と、武装した人が混在して流入してきた場合、まずやるべきことは、戦闘員と非戦闘員を見極めること、見極めるにあたり一定期間留めおくための収容施設を準備することの二点です。
    難民が武器を携帯していた場合、安全な国に到着すれば武器は不要になるため、武装解除に応じるのが当然の流れとなります。逆に武装解除に応じる意思がなく、戦闘の意思を有する場合には「難民」ではなく戦闘員としての対応となります。保護を求めるのが難民であり、戦闘の意思を有している人を難民と呼ぶことは適切ではありません。
    難民条約には戦争状態や緊急事態に対処するために、緊急時には暫定的な措置で対応すること(第9条:暫定措置)としています。つまり、暫定的に収容等を行うことは禁止されていません。しかし、締約国として難民を人種や出身国で差別しないこと(第3条:無差別)、出身国に送り返さないこと(第32条:送還の禁止)などを守る必要があります。

    北朝鮮有事を想定した日本政府の受け入れ態勢-北朝鮮人権法

    北朝鮮有事に備え、難民をどのように保護するかという議論は、以前より政府の中で行われてきました。報道*8によると、1996年には当時の橋本首相が「極東有事」の際の大量難⺠などの対策検討を関係省庁に指示、2003年には政府で検討し、上陸する難⺠を「10万〜15万人」と推計しています。
    2006年6月には、「脱北者の保護及び支援に関し、施策を講ずるよう努めるものとする(第6条2)」と記された「北朝鮮人権法」が施行されました。当時自⺠党幹事⻑代理だった安倍氏は、自⺠党が同法の法制化に着手した2005年、「脱北者を支援することで(北朝鮮の)現政権の変化を助⻑する。レジーム・チェンジ (体制転覆)も念頭に法律をつくらなければならない」と発言しています。
    国会での議論においては、前原大臣(当時)が「避難民を発見した際の身柄の保護、応急物資の支給、身体検査の実施、上陸手続、入管、税関、検疫、収容施設の設置及び運営、我が国が庇護すべき者等に当たるかどうかについてのスクリーニング、こういった手順というのは設けまして、備えは万全に整っている*9」、安倍首相が「我が国に避難民が流入するような場合の対応については、避難民の保護に続いて、上陸手続、収容施設の設置及び運営、我が国が庇護すべき者に当たるか否かのスクリーニングといった一連の対応を想定しています。これらの対応を適切に行うべく、引き続き、関係機関による緊密な連携を図ってまいります*10」 と語っています。歴代の総理、大臣は一貫して身柄を保護した上で検査をし、日本での受け入れについて検討する旨を述べています。避難民の保護についての議論がなされており「射殺」という選択肢は一切入っていません。

    国際的な行動規範-ルワンダ難民対応からの教訓

    現在、人道支援・難民支援に携わる関係者においては、国際的に支援に関する行動規範*11が確立しています。
    行動規範が作られたきっかけは1994年のルワンダ危機への対応です。短期間に約200万人が隣国へ逃れた危機に対して、難民の大量流出における支援の経験が少ない人道・難民支援機関は効果的に対応ができませんでした。多くの人が虐殺を逃れた先の難民キャンプで十分な支援物資を得ることができず、劣悪な衛生環境のために命を落としたと言われています。虐殺を指導した立場の人々や、武装した過激派組織のメンバーが難民キャンプに紛れて入り込んでいたために、難民キャンプへの支援の正当性が問われることとなりました。そのため、人道支援の現場で活動する赤十字社やNGOの主要メンバーが中心となり、この行動規範を作成し、その後スフィア・プロジェクトなど多くの人道支援に関する実施レベルの行動指針が確立されてきました。
    北朝鮮から大量に難民が流出する大規模な人道危機が発生した際、国際社会はこうした過去の教訓に基づき、各種規範に従って行動することになります。日本も当然それを踏まえた対応をすることが国際的には求められるでしょう。

    最後に

    今回の「麻生発言」は、想定される状況を適切に認識していないばかりか、これまでの難民保護の議論を否定し、今後逃れてくるかもしれない保護されるべき人へ疑いの目を向けてしまうという意味でも非常に問題があると考えます。圧政から命をかけて逃れている人たちをあたかも危険な存在であるかのように表現し、不必要に不安をあおることは、決して建設的な議論を生み出さないでしょう。難民の過半数は女性、子どもです。粗末な船で海上を少なくとも数日間漂流し、飢餓や病気に瀕しているかもしれない人たちに対してどう救命措置をとるか、保護するか、議論を深め、備えを整える必要があります。難民の命を保護するという基本的な原則に立ち戻り、北朝鮮からの避難民が万が一日本へ来た場合の人道的で現実的な対応を官民で連携し考えることができる契機とできればと考えています。
    *1 朝日新聞『麻生副総理「警察か防衛出動か射殺か」武装難民対策』2017年9月24日
    *2 産経新聞『麻生太郎副総理「北朝鮮には危なそうな人がいる」』2017年10月8日
    *3 AFPBB News 2017年3月24日<https://goo.gl/QdLdjn>2017年10月10日アクセス
    *4 アムネスティ日本「朝鮮民主主義人民共和国」<http://www.amnesty.or.jp/human-rights/region/asia/north_korea/>2017年10月13日アクセス
    *5 BBC NEWS JAPAN「韓国への脱北者、人数約13%減」2017年9月18日<http://www.bbc.com/japanese/41302779>2017年10月13日アクセス
    *6 宮塚寿美子「日本における北朝鮮難民(脱北者)の実態」『難民研究ジャーナル5号』2015年12月、80頁
    *7 朝日新聞『「自由を求めて来た」 小舟、日本海900キロ余り 青森「脱北者」』2017年6月3日付朝刊
    *8 朝日新聞「(時時刻々)日本直行、どう対応 脱北者4人青森に」2007年6月3日付朝刊
    *9 2012年11月25日、衆議院予算委員会における前原大臣の答弁より
    *10 2017年4月17日、衆議院決算行政監視委員会における安倍首相の答弁より
    *11 災害救援における国際赤十字・赤 新月運 動および非政府組織(NGOs)のための行動規範
    http://www.ifrc.org/Global/Publications/disasters/code-of-conduct/code-japanese.pdf

    ※ 現在、上記注釈11にある行動規範の日本語版は、同サイトには掲載されていません。英語版、もしくはスフィア・ハンドブックに掲載されている日本語版(p.385)を参照ください。(2022年1月追記)