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[特集]シリア難民はいま-日本にも逃れてきている?

シリアで紛争が始まって4年半。いまだ解決の見通しは立っていません。激しい戦闘下にある場所はシリア全域に広がり、国を追われた人はついに400万人を越えました(※1)。トルコ、レバノンなどの周辺国には、難民が押し寄せています。また、逃れる手段がなく、危険な国内に留まっている方も多くいます。
出身国別で世界最多となったシリア難民をいかに支援するか、国際社会の協力が問われています。今回の特集では、各国のシリア難民への対応状況をお伝えします。

日本政府のシリア難民の留学生としての受け入れ発表(2016年5月20日)についてはこちら


1. 人口の半数以上が避難民に。国外に逃れた400万人の行方は?

中東やアフリカからヨーロッパを目指すボートが地中海で転覆・遭難する事故が相次ぎ、2015年だけで死者数は2,000人(※2)に上りました。そのなかにはシリア難民も数多く含まれています。「欧州の難民問題」と報じられることも多いシリア難民ですが、どの国にどれくらい逃れているのでしょうか。

・オレンジ色:2011年4月~2015年7月に難民申請したシリア人が100人以上おり、さらに「第三国定住」という枠組みで難民キャンプなどからシリア人の受け入れを表明している国
・黄色:「第三国定住」による受け入れは表明していないが、2011年4月~2015年7月に難民申請したシリア人が100人以上いる国
・出典:EUROPE: Syrian Asylum Applications/UNHCR (2015/07)

欧州にたどり着くのは、わずか6%

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が把握しているだけで、408万9千人がシリアの紛争によって国外へ逃れています(2015年8月末時点)。また、国外に逃れることができず国内で避難生活を送る人は760万人。つまり、シリアの人口の半数以上が避難民となっているのです。

国外に逃れた中で、その9割以上は、トルコ193万人、レバノン111万人、ヨルダン62万人、イラク25万人、エジプト13万人(※1)と、周辺国に留まっています。しかし、周辺国で難民キャンプに入れる人はごくわずか。多くの人は劣悪な環境で困窮を極めています。欧州にたどり着いたシリア難民は、実は約34万人・全体の6%(※1)に過ぎません。周辺国の政府やUNHCRは、欧州をはじめとする国際社会に受け入れ枠を増やすよう要請しています。

2. 欧州など各国の対応-スウェーデンでは永住権の付与まで

欧州にたどり着いたシリア難民は現状でわずか6%とはいえ、2011年4月~2015年7月末までにドイツ9万8千人、スウェーデン6万4千人、オーストリア1万8千人、イギリス7千人と、各国への流入は決して少なくありません。たどり着いたシリア人のうち、例えばドイツでは87%以上、イギリスでは91%以上を難民として認定し、保護しています(※3)。当面、紛争終結の見込みがないことから、難民認定したシリア人全員に永住権を与え、すぐに家族を呼び寄せられるようにするといった特別な施策を講じるスウェーデンのような国も。

また、自力でたどり着くシリア人に加えて、難民キャンプなどから受け入れる「第三国定住」による受け入れも各国政府が名乗りをあげています。ドイツの3万人を筆頭に、シリアから地理的に距離があり、逃れてくる人は比較的少ないアメリカ、カナダが1万人ずつ、オーストラリアが5千人など、28ヶ国が合計10万人以上の受け入れを表明*4しています。それでも、安全な地への避難を必要するシリア人の数には到底及びません。

ドイツ世論調査、57%が難民受け入れを支持

シリア難民を受け入れるにあたって、市民の理解は不可欠です。すでに9万8千人がたどり着き、さらに3万人を受け入れる予定でいるドイツでは、反発する声も少なくありません。しかし、ドイツの公共放送が2015年7月末に発表した世論調査(※5)によると、難民の受け入れを

「少なくするべきだ」  38%
「これまで通り」   34%
「もっと多くすべきだ」 23%

という結果になりました。つまり、6割近くの人々が受け入れに協力的なのです。短期間に難民が急増しているドイツの状況を考えると、受け入れに理解を示す人の割合が非常に高い結果だと言えるではないでしょうか。
移民・難民が経済を下支えしてきたドイツでも、戦後最大の受け入れ数となる見込みです。政府は「国レベルでも地方レベルでも試練となる」がドイツはこれを乗り越えられると述べ、その他のEU諸国にも協調して難民問題に取り組むべきだと呼びかけています。

3. 日本にもシリア難民がいる?

日本にも400人以上のシリア人が暮らしており、うち60人以上はすでに難民申請*6をしています。もともと留学やビジネスで日本に滞在していたところ帰れなくなった人や、安全を求めて国内外を転々とする中で、たまたま縁もゆかりもない日本にたどり着いた人など背景はさまざまです。

しかし、日本で難民認定を得られた人はわずか3人。欧米諸国と比較すると、極端に厳しい受け入れ状況です。 申請の結果が出た38人は人道的な配慮により、一時的な在留を認められていますが、難民認定ではないため、さまざまな面で困難が生じています。例えば、母国や難民キャンプに残した家族を呼び寄せられない、日本で生活を建て直す上で不可欠な支援がないなどです。

日本に逃れてきたジュディさんの話

"つい最近まで、アラブの国々で起きている紛争・政情不安についてのニュースや、国を追われて途方にくれるエジプト人の映画を見ていました。
まさか、そんな深刻な問題が自分の国で起き、自らに降りかかるとは夢にも思いませんでした"


裕福な家庭生まれで、何不自由なく暮らしていたジュディさんは、罪のない子どもが殺される光景を目の前にして、反政府デモに参加するようになりました。地元の有力者だったたため、影響力があると政府から狙われ、出国を決意。弟が逃れたイギリスを考えましたが、ビザがおりず、偶然手配できたのが日本でした。家族を残し、まずは緊急性の高いジュディさんがシリアを後にしました。

彼が話せるのはクルド語とアラビア語。来日してすぐ、難民支援協会(JAR)につながりましたが、英語はほとんど話せず、コミュニケーションに苦労しました。JARはアラビア語の通訳を介して、難民申請の手続きや生活の支援をしました。
しかし、難民申請の結果は不認定。理由は、反政府デモへの参加を呼びかけたりデモへ参加した程度で危険は認められないなど、シリア情勢を度外視したものでした。さらに異議申し立ても、以下の理由で棄却されました。

"デモの最中に攻撃されるといった危険性があることは否定できないにしても、それはそのようなデモに参加した人一般の問題であって、異議申立人に固有の危険性ではない"

つまり、難民とは個別に危険にさらされる人であり、デモに参加するシリア人は皆危険にさらされるため、難民ではないという、国際的な基準からかけ離れた判定でした。人道配慮による一時的な在留は認められましたが、難民として認められなかったため、母国に残した家族を呼び寄せられないという壁に直面します。

日本と難民キャンプを結ぶスカイプ越しの2年半

joudi.jpg家族は紛争の激化にともない、隣国イラクの難民キャンプに身を寄せていました。スカイプ(インターネット電話)で連絡はとれましたが、情勢は悪化する一方で、家族のことを考えると不安で夜も眠れなかったといいます。国を離れたとき、まだ妻のお腹にいた息子はもう2歳。一日も早い対面を望んでいました。

JARは日本政府や関係者と調整を重ね、2015年1月、異例の措置でジュディさんの家族呼び寄せを実現しました。ジュディさんは成田空港で妻と娘と2年半ぶりに、息子とは初めて会うことができました。

joudi2.jpg

現在、一家は埼玉県で暮らしています。難民認定されていないため、日本語学習や仕事探しの公的なサポートはなく、日々の暮らしは大変です。妻は安全な日本にこられたことを心から喜んでいますが、クルド語しか話せないため、夫なしでは外出も難しく、子どもたちと家に引きこもりがちです。ジュディさんも日本語ができないなか、安定した仕事はなかなか見つかりません。
日本に何のつてもなく逃れてきた難民が、地域社会の一員として自立した生活を営んでいくためには、その一歩を踏み出す最初の支援が肝心です。日本で暮らすための在留資格を与えるだけでなく、日本で長く生活していくために必要な基盤づくりをサポートすることで、早い自立につながります。

「難民」はずっと支援が必要な人ではありません。母国を追われるまで、私たちと同じように仕事や家があり、家族との日常があった人々です。異国の地で再出発するために必要なサポートをすることで、日本社会に貢献してくれる可能性が十二分にある存在です。
JARはシリア難民が適正に難民として認定され、また、日本での再出発に必要な支援を受けられるよう、政府や自治体に求めていきます。

日本における難民への定住支援等の比較
在留資格 政府の定住支援
(日本語、就労支援等)
家族の呼び寄せ 難民旅行証明書
("難民パスポート")
就労許可 国民健康保険
難民認定 定住者
5年
難民不認定

人道配慮あり
特定活動
1年
× ×
* JARの実務を前提に作成
* 「特定活動」の場合の家族呼び寄せは制度的には難しいが、2015年1月にシリア難民のケースで実現したため△とした。

シリア紛争の幕引きは見えず、各地で化学兵器の使用が報告されるなど事態は悪化する一方です。シリアを平和にするための取り組みは不可欠ですが、一度失った平和を取り戻すには長い年月がかかります。その間、難民となった人々が受け入れられ、生活を再建する場所もまた必要です。
欧州各国をはじめ、経済力のある国が中心となり、数千・数万人という単位で受け入れの分担を議論するなか、日本は対岸の火事で済ませて良いのでしょうか。

日々、事務所に相談にくる難民の方々は口を揃えて言います。日本は平和で安全だと。そんな社会だからこそ、難民の保護や受け入れに関して、もっとできることはあるのではないでしょうか。

日本政府のシリア難民の留学生としての受け入れ発表(2016年5月20日)についてはこちら

※1 Syria Regional Response/UNHCR(2015/8/25)
※2 IOM Continues to Monitor Mediterranean Migrant Arrivals and Deaths/IOM(2015/08/25)
※3 UNHCR Global Trends 2014/UNHCR(2015/06/18)
※4 Resettlement and Other Forms of Admission for Syrian Refugees/UNHCR(2015/08/18)
※5 難民、「憧れの独」でも受難 受け入れ施設に放火・襲撃/朝日新聞(2015/08/12)
※6 参議院インターネット審議中継/参議院(2015/02/09)

【おまけ】 難民はどうやって日本にくるの?「不法入国」の人もいるの?

ほとんどは飛行機できます。日本にくるには、ビザとパスポートが必要です。やむなく偽名を使ったり、ブローカーに頼んだりして手配する難民もいます。なぜなら、政府から迫害されている場合、正規のルートでパスポートを得ることは困難だからです。難民のこのような背景を考慮して、難民条約は難民の不法(非正規)な入国や滞在を理由として、難民を罰してはいけないと規定しています。
「たまたま日本のビザが最初にでた」「ブローカーの手配した先が日本だった」などの偶然で日本にくる人が多いです。
■ 日本で暮らす難民についてはこちら
■ 動画で知る: こちら

portraits_syria2.pngPortraits of Refugees in Japan-難民はここにいます。
日本に暮らす難民28人のポートレート写真展
世界難民の日・6/20~26・東京メトロ表参道駅で開催


想像してください。
自分が生まれ育った国にいられなくなることを。
言葉も何も、右も左もわからない国にひとりぼっちでいることを。
会ったことも見たこともない難民も、
ひとりひとり顔も名前も違っていて、
精一杯生きていて、
みんな自分だけの物語を持っているんです。
フォトグラファー 宮本直孝

写真展はこちらから

(2015年9月1日掲載)

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