解説記事・声明等

難民申請の「偽装」「悪用」「濫用」等に関する報道について

    報道関係者各位

    2015年2月13日
    認定NPO法人 難民支援協会

    難民申請の「偽装」「悪用」「濫用」等に関する報道について

    PDFファイル(リリース)

    2月4日の読売新聞(*1) 等で、就労を目的とした難民申請の「偽装」「悪用」「濫用」が横行している、という報道がありました。そのような難民申請が一部でもあるとすれば、それは私たちも不適切だと考えます。私たちの事務所には、日々、難民申請者・庇護希望者が相談に訪れますが、制度を悪用する人は支援対象としていません。また、支援の有無を含めた支援の必要性は、母国に送還された時にいかに危険かを個々に考慮した上で判断しています。ただ、具体的に申請の「偽装」「悪用」「濫用」等の明確な定義がないまま、特定の国からの「偽装」申請が横行しているといった報道は、人々に誤った認識を与えるのではないかと懸念を覚えます。
    難民支援協会(JAR)は、難民性が全くないことが客観的に明確であり、かつ、申請者本人もそれを自覚しているにもかかわらず、あえて、もっぱら就労目的で難民申請制度を利用することを、制度の「悪用」「濫用」だと考えます。(ただし、無国籍者や人身取引の被害者等が保護を求めて難民申請をすることは、否定されるべきではありません (*2)。)制度の「悪用」「濫用」が増えることで、本来保護されるべき難民申請者の保護が迅速かつ適切に行われなくなるとすれば、それは重大な問題です。
    そもそも、日本の難民認定制度は国際的な基準に照らして、認定基準が非常に厳しいと考えています。現在の厳しい制度を前提に、不認定となった人がすべて「偽装」であったと捉えられるとすれば、それは大きな問題です。2013年の難民認定数は6名でしたが、私たちは日々、さまざまな迫害で逃れてきた人々から、相談を受けています。以下は、JARの支援現場で把握している、難民不認定になった事例です。私たちは、以下の事例は「偽装」「悪用」「濫用」にあたるとは全く考えていません。

    ▼難民不認定の事例
    【事例 1】ネパール国籍
    申請者は200X年にネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)から彼らを支持するよう脅迫を受けた。拒否したところ、高額なお金を請求された。再びその要求を拒否したため、「殺す」という脅迫を何度も受けるようになった。親戚などの家を転々としたが、それでも脅迫は収まらず、命の危険を感じ、出国した。201X年に日本で難民申請を行ったが、不認定となった。
    【事例 2】パキスタン国籍
    申請者は本国でタリバンに対抗する知り合いを助けたところ、自分もタリバンから命を狙われるようになった。武器を持ったタリバンのメンバーから執拗に追いかけられ、命の危険を感じ、201X年に出国した。201X年に日本で難民申請を行ったが、不認定となった。
    【事例 3】ナイジェリア国籍
    申請者は本国でキリスト教の教会関係者であったところ、270人以上の少女を誘拐したことで知られる反政府武装過激派組織ボコ・ハラムが次々に教会を爆破するなどの事態が発生した。そのため、命の危険を感じ、201X年に出国した。201X年に日本で難民申請を行ったが、不認定となった。

    既述は、迫害主体が政府ではなく、非政府組織である事例です。本来は、非政府組織による迫害行為は、国家が取り締まるべきです。しかし、政府が保護できないかその意思を持たない場合は、難民として認められるべき事例となります。UNHCR執行委員会等の国際的な議論や、各国の裁判所の判決では、このような状況に置かれた人たちも保護すべき対象という解釈が一般化してきており、多くの先進諸国は、実際に難民と認定しています。
    迫害の理由は個別に異なっており、必ずしも出身国ごとに判断すべきではありませんが、難民受入国における出身国別の認定者数・認定率を比較(「<表1> 2013年 主要な難民条約締約国における難民出身国別の認定者数・認定率比較(抜粋)」参照)すると、厳しい日本の難民認定制度について、国際基準に合った認定実務が行われているのか、疑問を禁じえません。
    <表1> 2013年 主要な難民条約締約国における難民出身国別の認定者数・認定率比較(抜粋)
    ネパール国籍の認定者数と認定率 アメリカ 366人・87% フランス 107人・26% オーストラリア 7人・5% 日本 0人・0%
    今回の報道に対する懸念に加え、難民の置かれた状況に対して私たちの見解を以下に述べます。
    一点目は、難民申請者が日本で就労を希望することについてです。難民が母国での迫害のおそれから逃れる際に、行き先を選ぶ余裕がない中でも、少ない選択肢の中から選ぶことができるとすれば、逃れた先で「自立して生きていきやすい国」を選ぶことは合理的判断です。頼れる知り合いがいるか、言葉が通じるか、仕事が見つかるかどうか、家族の再統合が可能かどうかは、重要な要素です。単身で逃れてきた人が一家の稼ぎ手である場合は、危険な母国に残した家族が食べていけるよう、わずかな稼ぎであったとしても、日本から送金したいと思うことは当然の気持ちと言えるでしょう。
    また、日本における難民申請者への公的支援は十分ではなく(*3)、就労資格がある人は仕事をして自立しなければ、難民申請期間を生き延びることが難しいのが実態です。もし、就労を許可しないのであれば、生活保障を十分に行うことで代替しなくてはなりません。現状は、難民申請者への生活支援金の額は十分ではない上、支給までの待機期間が数か月かかります。また、受給の条件が厳しいため、必要な人が受給できない事例もあり、難民申請者へのセーフティネットとして十分に機能していません(*4)。難民申請者への待遇は、国ごとに異なりますが、ほとんどの先進国では、難民申請者に対して就労を許可しない場合は生活保障があり、生活保障を制限する場合は就労を許可するという実務になっています。
    なお、報道では、「(難民申請)制度は10年3月に改正され、(中略)申請から6か月を超えれば就労できる仕組みになった」(読売新聞、2月4日)と記載がありますが、2005年5月16日施行の法改正により、在留資格がある者が難民申請をした場合、特定活動という在留資格に変更され、6か月後の更新手続き時に就労資格が付与されるようになりました。さらに、それ以前においても、難民申請者に対して、短期滞在の在留資格に、資格外活動許可という形で就労を認めていた実態がありました。よって、2010年の改正を過去5年間の難民申請者急増と結びつけることは妥当ではないと考えています。
    二点目は、技能実習や留学等の目的で来日し、その後、難民申請を行うことが「悪用」なのかという論点についてです。そもそも、逃れるにあたり「難民ビザ」のようなものは存在せず、逃れる前に国外に逃れることを明らかにすることは非常に危険です。そのため、多くの場合、観光やビジネスなどのビザを取得し、国外に逃れます。つまり、一番早く、安全に母国を逃れる手段が技能実習や留学ビザだとすれば、それらを利用することは、理にかなっているといえます。時には、正規の旅券やビザの取得ができず、非正規の書類を持って逃れる人もいます。しかし、難民条約第31条には、庇護申請国へ非正規な手段で入国したり、非正規な滞在でいることを理由として、難民を罰してはいけないとし、難民に保護を保障し、生命の安全を確保するよう定めています。また、別目的での渡航後に、母国の情勢が大きく変化し、帰国できない事例も多くみられます。たとえば、1989年の天安門事件では、各国にいた多くの留学生やビジネスパーソンは、帰国させた場合、命の危険があると判断され、各国は難民として認めました(*5)。
    難民申請の「偽装」「悪用」「濫用」に関する一連の報道で、いかに取り締まるか、という視点ばかりが強く目立つことに強い懸念を覚えます。難民認定制度は迫害から逃れてきた人を守る貴重な仕組みです。「偽装」を取り締まることを主眼に制度を変え、保護されるべき人が保護されないという事態は避けなければなりません。難民認定制度により必要な人々が早急に受け入れられ、偽装を行う者にとっては魅力がないようにすること、すなわち適正な審査を適切な期間に実施できる制度を構築することが必要だと考えています。
    JARでは引き続き、よりよい難民認定制度を目指し、政府、国際機関、NGO等、関係者と連携・対話していきたいと思います。
    (注)
    *1 『読売新聞』2015年2月4日朝刊
    *2 人身取引の被害者、拷問等の被害者、無国籍者等も難民申請を通じて保護を求めることもありうる。入管上61条2の2の第2項には「難民の認定をしない処分をするとき、(中略)在留を特別に許可すべき事情があるか否かを審査するものとし、(中略)その在留を特別に許可することができる」と定めており、そもそも難民以外で保護の必要性がある外国人からの申請が想定されているといえる。
    *3 難民への公的支援は、年間300から400人程度であり、難民申請者の1割に満たない人しか受給できない予算措置である。そのため、難民申請中に、就労することが前提となった制度設計であるといえる。
    *4 外務省が財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部を通じて保護費を支給している。支給基準は1日生活費1,500円、家賃補助40,000円/月(単身者の場合)、医療費は実費となっている。全額支給される場合でも、都内の生活保護基準と比較すると三分の二程度の額であり、保護費の仕組みが難民申請者のセーフティネットとして十分に機能しているとは言いがたい。
    *5 日本では、天安門事件を契機に難民認定された人は1人のみ。3度目の難民申請で、10年以上かかっての認定であった。

    ■本件に関するお問い合わせ

    認定NPO法人難民支援協会 広報部 田中 info@refugee.or.jp
    〒160-0004 東京都新宿区四谷1-7-10 第三鹿倉ビル6階
    Tel:03-5379-6001|Fax:03-5379-6002

    難民支援協会(JAR)とは  www.refugee.or.jp
    1999年設立。日本に逃れてきた難民が、自立した生活を安心して送れるよう支援している認定NPO法人。難民への難民申請の手続きや、日本での医食住、教育、就労などに関する無償での支援を行うと同時に、難民受け入れに関する政策提言や、イベント「Refugee Talk」(月1回)、「難民アシスタント養成講座」(年2回)などの開催を通じた認知啓発も実施。年間の支援対象者の国籍数は約50か国、来訪/外部相談件数は2,500件以上(2013年度実績)。
    *国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の事業実施契約パートナーとして活動
    [受賞歴]エクセレントNPO大賞(2013・「エクセレントNPO」をめざそう市民会議)/地球市民賞(国際交流基金・2013)/第20回東京弁護士会人人権賞(東京弁護士会・2006)等多数