活動レポート

日本語ゼロから3ヶ月で就職を目指す「就労準備日本語プログラム」


    日本には、さまざまな在留資格で長期的に暮らす外国人が多くいますが、政府による在住外国人に向けた社会統合政策は不十分です。定住していく上で重要な言語教育についても、地域の自発的な取り組みを助成する程度で、学習機会は確保されていません。最低限の日本語や日本での働き方を来日前に訓練してくる技能実習生と、日本語の学習経験があり、学校からのサポートもある留学生をのぞくと、多くの在住外国人は公的なサポートがないなかで、さまざまな苦労をしています。

    難民申請者の多くは、「日本の観光ビザが最初に出た」など偶然の理由で日本行きを決めるため、何の準備もできないまま来日する場合が多く、日本についてからの支援を必要としています。しかし、難民申請者への公的な社会統合支援は一切ありません。就労を許可されても、日本語を全く勉強したことがない状態での仕事探しは困難です。難民支援協会(JAR)では、その穴を埋めるため、就労にあたって最低限必要な日本語習得を含む「就労準備日本語プログラム」をダイキ日本語学院東京と提携して提供し、難民の就職を支援しています。

    ダイキ日本語学院東京は、日本で日本語を勉強し大学・専門学校へ進学または、日本での就職を目指す留学生を対象に設立された学校です。ダイキグループの傘下にあり、ダイキグループは創立当初から外国人を雇用し、技能実習生に日本語を教育していました。JARは、2014年から、日本語ゼロの状態から短期間で就職を目指す難民申請者のための就労準備プログラムをつくるため、試行錯誤を重ねており、日本語学校と提携する必要性を感じていました。偶然、ダイキ日本語学院東京を知り、提携し作り上げたのが、1日3時間・全60日間(180時間)の就労準備日本語プログラムです。本記事では、ダイキ日本語学院東京校長の安井友美さんへのインタビューを通じて、プログラムの内容や、日本で働く上でのハードルについて紹介します。

    ――難民の雇用には、どんなきっかけで関心を持ったのですか?

    ダイキグループでは、以前から日系ブラジル人など外国人を雇用し、社内での多文化共生に取り組んでいました。これから人口が減っていくなかで、外国人に頼らないと日本の経済は発展していかないだろうという考えからです。日系ブラジル人、留学生、技能実習生以外でも、日本に滞在している外国人がいるのではないかと調べるなかで、「難民」というキーワードにたどりつき、JARさんに問い合わせたところ、難民申請中の人たちへの支援が特に限られている現状を知りました。うちで協力できるのではないかと考えて、JARさんと日本語教育の提供について提携をした後に、雇用についても協力してほしいと相談があり、ダイキグループでも雇用を始めています。

    ――就労準備日本語プログラムのようなものも元々考えていたんですか?

    そうですね。働きたくても、日本は働き方が特殊だと思うんですよね。日本語ができればいいかというと、そうでもないということが、現場では起きています。日本人側は「日本語能力が高くないと」と言うんです。でも、すごく日本語が上手なのに、働いても続かない人がいるというのは、そのほかの部分で色々な問題があるからだと思うんですよ。日本では「察してください」という傾向が強い。言葉には出さないけれど、みんな知っている、当たり前でしょという、外国人からすると難しい部分がたくさんあります。

    「腕組み」が横柄に見えるなんて誰も教えてくれない

    例えば、名刺の渡し方や敬語の使い方、上座と下座の説明はビジネスマナーの教科書に載っていますが、上司の話を聞くときの座り方については書かれていない。腕を組んだり、背中をつけて話を聞くと横柄な印象を与えてしまう、日本では「当たり前」なことが教科書に載っていないんですよね。コンゴ民主共和国で、腕組みは相手への敬意を示すそうです。私も最初知らずに、コンゴの生徒が多いクラスで、みんな腕を組んで話を聞くので、カチンときて注意して分かりました。彼らはちゃんと聞こうと敬意を示してくれていたのに、日本では真逆にとられてしまう。知らなければ、お互い誤解したままになってしまいますよね。日本語教師は外国人に教えることに慣れていて、許容範囲が広いのですが、それをよしとしてしまうと、外に出たときに受け入れられてもらえません。

    留学生や技能実習生は来日前にみっちり訓練をしてくるそうですが、難民として準備なくきた方々にはそうした機会がないので、立ち振る舞い、行動も細かいところまで指摘するように気を付けています。言語以外の部分も教育していかないと、日本の企業は外国人を雇用できないですし、外国人も日本の企業で働くことができないのではないかと思います。お互いにハッピーで楽しく仕事ができて、生活も安定して、お互いにウィンウィンの関係であればいいけれども、そうじゃないところが結構あって、そこの教育が大切だと考えています。

    ――安井さんは、これまで他でも日本語教育をされていたんですか?

    色々やりましたね。留学生はもちろん教えましたし、企業で働いているビジネスマン、地域のボランティア、海外で子どもたちを教えたこともあります。色々な目的を持った対象者に教えるなかで、夢を持って日本にきたけれども、「働く」というところで上手くいかずに夢破れて帰る外国人の方々をたくさん見てきました。そうならないように、日本語教師が間に入ってできることがあるのではと考えています。

    ――一人ひとり個性があって違うとは思いますが、様々な方々を対象に教えるなかで、「難民」が、留学生や技能実習生など、そのほかのグループと違うと感じることはありますか?

    全く違いますね。まず、留学生と大きく違うのは、日本に来たくて来ているわけではないので、日本語への興味が元々薄いことです。興味がないとやっぱり勉強もできないですよね。都内であれば、英語が少し話せれば生活はできますから、「わざわざ日本語を勉強しなくても」という気持ちがあった場合に、いくらこちらが日本語は大切ですよと言っても、伝わらないです。言葉が悪いかもしれないですが、なかには、支援を受けることに慣れてしまっていて、あえて、すごく勇気もエネルギーも必要な「自分でやっていく」ということをしたくないという人もいます。就労準備日本語プログラムを途中で来なくなったり、除籍になる人はそういう方や、頑張りたい気持ちはあっても、体調を崩して毎日クラスに来られず、まずは健康を取り戻すことに専念するという人などです。
    母国で大学や大学院まで出ましたという方もいれば、小学校しか行ったことがないという方もいます。人によっては、勉強の仕方から教えなければならないという難しさもあります。例えば、ワークシートをやるにしても、留学生であれば、ぱっと見て何をすべきなのか大体分かるんですよね。答えは間違っているかもしれないけれど、何をするかは大体分かります。それが全然分からない人もいるので、その場合は一から教える必要があります。

    ――日本語教師としての役割を超えてやらなければならないことも多いんですね。

    そうですね、本当に。例えば、ファイルの閉じ方を知らない、ということもあります。そういうことができないと、ただ手法を知らないだけなのに、職場では「整理ができない人」と思われることにつながってしまうので、それを教えるのも重要です。別にファイリングなんてと思ってしまうかもしれないけれども、就職した後に大変なんですよ。そういう意識付けも含めて初日のオリエンテーションから伝えています。

    日本社会に「受け入れられる」ためには言語以外のスキルも重要

    日本語がある程度できたとしても、日本の会社や社会のなかでの立ち振る舞いだったり、言い方であったりができていない人は嫌われてしまいます。逆に、日本語力が低くても、そういうことができている人は、可愛がられますし、日本の人は教えてあげよう、関わってあげようとします。それが良い悪いではなくて、事実なんですよね。その事実を知らなければ、どちらになりたいか選択できない。生徒さん達は大人なので、私たちはあなたたちが将来、安定した生活を日本で切り拓いていけるスキルを教育していきたいと思っていると伝えます。それを身に着けたいと思うかどうかは本人次第です。

    ――JARの事務所で見ていると、3ヶ月前はひと言も日本語を話せなかった人が、スタッフと和やかに日本語で会話していたりして、上達がとても早いと感じる人もいますが、どうでしょうか?

    最後まで残った人は、厳しいルールを乗り越えているので、皆さんとても頑張った人たちだと思います。最初の1ヶ月間はひらがな、カタカナ、数字、自己紹介を徹底的に学習しながら、10分前行動、遅刻の際の事前連絡、聞く姿勢など語学ができなくても教えられることをやります。1ヶ月もあれば、ひらがな、カタカナは簡単だろうと思うかもしれませんが、見たこともない字を100字も覚えるのは大変です。1ヶ月目までに試験で50点中40点とれなければ除籍になります。でも、頑張れば再チャンスは何度でも与えています。先生たちも補講で1時間、2時間、残りますし、何とか合格させようとみんなで頑張ります。ただし期限を守ることは仕事にもつながりますので、期限は設けます。

    以前のクラスでも、何回も落ちて、もうだめだとあきらめそうになった生徒がいました。でも、周りのクラスメイトが大丈夫だと励まし、応援したり、教えたりしてくれて、試験を合格するまで3時間近く皆で居残っていたこともあります。その人は最後まで頑張れてプログラムを修了できました。そういう達成感や、やりきることって大切だと思うんですよね。厳しいかもしれないけれど、そこを踏ん張れるかどうかで、就職後の仕事も変わってくると思っています。あとは、無断欠席3回で除籍、遅刻3回で1回の欠席扱いとしています。いくら能力が高くても、来るか来ないか分からない社員に仕事を任せられないですよね。そういうことも含めて伝える就労準備日本語プログラムにしています。

    ――今まで教えた難民のクラスのなかで印象に残っている出来事はありますか?

    全くのゼロからスタートした生徒たちが、3ヶ月間本当に頑張って、修了式で日本語の答辞までこなしたときはいつも印象深いです。本人は想像もつかなかったことだと思いますが、それを信じてやり切ったのは、彼らが持っている力だと思います。最初はクラスメイト同士もお互いに知らないわけですが、毎日一緒に頑張ると仲間意識が生まれます。全員が泣いてしまう修了式もあるくらいです。

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    昨年度は計49名が就労準備日本語プログラムを修了(80時間の旧プログラムを含む)。今年度はさらに多くの人に提供できる見込みです。本記事では難民側に求められるスキルや努力について取り上げましたが、雇用する企業側の努力もまた不可欠です。難民雇用を進めた企業からは、当初、社員から反発があったものの、言葉や仕事への考え方、商習慣などが異なる社員を受け入れるにあたり取り組んださまざまな試行錯誤が、結果的には多くのポジティブな効果につながったという声があがっています。たとえば、これまで日本語でもなかったマニュアルが多言語で作られて、それが業務の見直しや効率化につながり、売上が上がったり、社員の英語学習へのモチベーションがあがったりなど、摩擦を乗り越えた先にポジティブな効果があったという報告も多くあります。人口減少が進んでいく社会では、多様なバックグラウンドを持つ人たちが活躍できる労働環境づくりがますます求められるでしょう。
    また、このプログラムは、就労資格を得る見込みがあり、かつ就職を目指している難民申請者のみを対象としています。一方、難民申請者のなかには、就労資格を持てない人や働けない事情を持つ人もおり、彼らの自立を実現するための政策提言にも力を入れています。難民申請者をはじめ、さまざまな在住外国人が長期にわたって日本で暮らしている現実に即した社会統合政策が求められています。