2021.06.17

彼女はなぜ誰にも相談できなかったのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(2)

今、日本で働く技能実習生は40万人弱にのぼる。2011年には14万人だったから、たった10年で3倍近くに増えた。

かつては中国出身者の割合が圧倒的だったが、2010年代を通じてベトナム出身者がおよそ半数を占めるまでに急増した。妊娠のことを誰にも言えず、孤立出産での死産の末に起訴されたリンさんも、そのうちの一人だ。

【前編】彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(1)
熊本の農園で働く技能実習生のリンさんは、強制帰国を恐れ、妊娠を誰にも言えず、部屋で一人、双子を死産した。出血も多く、恐怖と混乱の中で、一日部屋にいた。それが犯罪だとして21歳の彼女は起訴されてしまう。彼女がしたことは本当に「犯罪」なのか?

技能実習生と聞くと男性労働者のイメージのほうが強いかもしれない。だが、実際にはその4割以上を女性が、そして8割近くを10代と20代が占めている。30代まで含めれば95%以上だ。

つまり、人口減少が続く日本で低賃金労働の現場を支えている技能実習生という名の外国人労働者たちは、そのほとんどが恋愛や妊娠があってなんの不思議もない年齢層なのだ。

恋愛や妊娠は「問題」ではない。それは人間が生きるなかでいつ起きてもおかしくないことであり、一人ひとりの自由や権利が侵害されてはならないものだ。

だが、ひとたび技能実習生となると、恋愛や妊娠が「問題」とみなされたり、さらには労働の邪魔になるものとして妨害されたりすることも珍しくない。最初に確認しておきたいのは、そちらのほうがよほど問題だということである。

これは私一人が言っていることではなく、あるいは外国人自身やその支援者だけが言っていることでもない。政府が言っていることだ。

「技能実習生として本人も承知の上で来日しているのだから、恋愛や妊娠、出産に関する自由が制限されても当然だ」ーーそんな考えは、少なくとも政府の建前ではない。

2019年3月に法務省・入管庁、厚労省、外国人技能実習機構(*)が連名で実習実施者(雇用主)と監理団体あてに発出した注意喚起には次のように記載されている。下線部だけでも読んでみてほしい。

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第9条においては、「婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止」が規定されています。この規定は、当然ながら技能実習生にも適用されるものであり、婚姻、妊娠、出産等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは認められません。(下線筆者)
また、技能実習生の私生活の自由を不当に制限することは、外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律第48条第2項により禁止されています。(下線筆者)

この注意喚起が出されたのはリンさんが来日した2018年8月よりは後だが、彼女が妊娠に気づいた2020年の5月よりはずっと前のことだ。

それにも関わらず、なぜリンさんは誰にも自分の妊娠を相談できなかったのか。この注意喚起があったという現実と、彼女が抱えた「妊娠したら帰国させられる」という不安や恐怖との間には、一体どんな壁があったのだろうか。

前編記事では、リンさんの来日からこれまでの経緯を記し、彼女が無罪を主張する切実な理由を確認した。この中編記事では視点を少し移動して、彼女が妊娠のことを誰にも言えなかった理由、誰かに相談することが安全や安心ではなくむしろ不安や危険につながると考えていたことの背景、構造的な問題に迫っていきたい。

(*)外国人技能実習機構は技能実習法に基づき2017年に設立された法務省と厚労省が共管する認可法人。入管、労基、ハローワークなどからの出向者が多い。技能実習計画の認定や監理団体・実習実施者への実地検査、技能実習生の相談対応・援助・保護などを担うこととなっている。
リンさんがほかの実習生らと休日に時折訪れていたという八代市。製紙工場の煙突が目立った。

「妊娠すれば帰国させられる」という常識

リンさんが保釈後の会見で自ら話した言葉から始めたい。

「日本に来るために150万円もの費用を工面したので、ベトナムの家族のため、農家で一生懸命働きました。2020年5月ぐらいに妊娠していることがわかりました。しかし、妊娠した実習生が帰国させられたことも聞いていましたので、ベトナムに帰らされることが怖くて、組合や社長さんに言うこともできず、だれにも相談することができませんでした」

2021年4月24日記者会見、リンさん自身の言葉

リンさんは政府からの注意喚起の内容を知らなかった。そして、日本で安心して出産できるとは思っていなかった。その理由として彼女が挙げているのが、過去にほかの実習生が妊娠したために帰国させられてしまったという情報だ。

会見では「インターネットで知った」とも答えていた。この「妊娠=帰国」という等式が実習生たちの間で「常識」になっているという話はたびたび耳にする。Facebookなどを通じて広まっているのだという。

つまり、妊娠のことを「組合や社長さん」に相談すれば、まさにその彼らによって技能実習を停止させられ、ベトナムへと帰国させられるだろうことをリンさんは恐れていた。そうであれば、彼女のほうから「組合や社長さん」に相談することなど到底考えられない。なお、ここでの「組合」とはリンさんを日本側で受け入れ、農園との間を取り次ぐ監理団体のことを意味する。

重要なことに、これは根拠のない噂話ではない。そもそも政府が「注意喚起」を出さざるを得なくなったこと自体、妊娠した実習生に対する強制的な帰国や恋愛の禁止などが、日本中の実習先や監理団体によって実際に行われてきたことの証だ。書類上は本人の承諾のサインがあり、あくまで自らの意思で帰国しているように見えても、実際には強制に近いケースも少なくない。

また、ベトナムなど出身国側の送り出し機関においても、実習生との間で恋愛や妊娠などを禁止する内容の契約を交わしている場合があり、これについても、政府の「注意喚起」では「それを根拠に我が国の法令に反する取扱いをすることは出来ない」と明記している。なお、リンさんの場合には、こうした送り出し機関による露骨な契約の要求こそなかったものの、監理団体の職員からは妊娠しないようにと口頭で告げられていたという。

今年の3月には、政府の答弁書の中で、妊娠や出産を理由とする実習継続困難の届け出数が初めて明らかにされた。2017年11月から2020年末までのわずか3年強で637人にも及ぶ。

単純計算で2日に1人以上が妊娠や出産を理由に実習を中断していることになり、その多くが帰国していると考えられる。あくまで政府が把握できたものだけでこの人数だから、実際にはもっと多いと考えるべきだろう。

もちろん中には実習生本人が様々な権利や情報を理解したうえで真に納得している場合など、いわゆる円満な帰国も含まれてはいるはずだ。だが、そうでない場合も当然あるわけで、例えばこうした事例が報告されている。

「東海地方の製パン会社で働くベトナム人女性のケース。同じ技能実習生との間で結婚を約した彼女が、妊娠していることを会社に通知すると、社員から繰り返し帰国を迫られた。『大きなお腹をして仕事できるの?』『妊娠は規則違反』『同じ部屋の同僚にも迷惑』『帰りのチケットは自分で買って』などと暴言が浴びせられ、実習を止められた。」(佐々木史郎「後を絶たない技能実習生の強制帰国」『日本における外国人・民族的マイノリティ人権白書2020年』より、下線筆者)

リンさんのように「事件」にはならず、そうして誰からも知られずに帰国に追い込まれてきた実習生たちが数多くいる。さらに言えば、実習生の意思に反する帰国は妊娠によるものに限られず、男性が帰国させられる場合ももちろんある。637人とは全く別にいるということだ。

つまり、リンさんの恐怖の背景には「妊娠を理由とする強制帰国」だけではなく、より一般的な意味で、少なくない監理団体や雇用主が、自らにとって都合の悪くなった実習生たちを無理やり帰国へと追い込んできた歴史の積み重ねがあるわけだ。ときにほかの実習生たちへの支配を強化するための、見せしめの意味も込めて。

帰国の脅し」に弱い実習生の立場

だが、なぜ実習生たちの立場は「帰国の脅し」に対してそこまで脆弱になってしまうのだろうか。そこには技能実習の制度そのものに深く根ざした構造的な問題がある。その要点をいくつか列挙してみよう。

まずは、実態と乖離した国際貢献の建前に固執し、そのために前職要件(実習先と同種の業務に従事した経験、履歴詐称が横行)など技能移転を証明するための様々な書類を要求する日本政府だ。

そのことが、それら書類の作成や管理も含めて実習生の送り出し事業を独占する送り出し機関に力を与え、その非対称かつ排他的な構図の中で実習生が払わざるを得ない来日前の費用が吊り上げられていく(リンさんの場合は150万円の借金)。

そして、いざ来日すれば、自由な転職は原則認められず、悪質な監理団体や実習先に当たっても容易に逃れられない制度設計になっている。

実習生たちはこうした一連のシステムの中でがんじがらめにされてしまっているのだ。

多くの実習生は出身国での稼ぎよりはるかに多くの借金を背負わなければスタート地点に立つことすらできない。

そして、ひとたび大きな借金を背負ってしまえば、その瞬間から、「日本で稼ぐことから逃げられない」という前提の上で、「今の雇い主や監理団体からも逃げられない」という二重の逃げられなさの中で生きていくことになる。

もちろん、うまく生き延びられれば予想通りの稼ぎを得られる場合も少なくなく、そうした成功例があるからこそ新たな志願者がいなくなることもない。

一部の雇用主や監理団体の横暴は、実習生におけるこうした構造的な従属の必然的な結果だと言える。従属があるからこそ、「帰国の脅し」が効果を発揮し得る。借金さえなければ、あるいは転職さえ自由にできれば、脅しがそこまでの力を持つことはない。

実習生の側からすれば、どこが悪質な事業者かを事前に見極めることが難しいにも関わらず、たまたま悪いくじを引いてしまえば最後、やり直しがほとんど効かないという構図になっている。

リンさんは稼ぐことから逃げられない。その上で、農園からも、監理団体からも、逃げることはできない。実際に逃げたかったかどうかの話をしているのではない。もし逃げたくなったとしても逃げられない構図の中で彼女が生きていたということが重要だ。

そして、リンさんが自らにとっても「予期せぬ妊娠」をしたのはそうした条件のもとにおいてだった。だから、リンさんの「誰にも言えない」のうち、少なくとも「監理団体と雇用主に言えない」については、ある意味で当然のことだったのである。

リンさんが抱いた恐怖が取り除かれるには、「組合と社長さん」が自ら積極的に「妊娠しても大丈夫」というメッセージを発すること、あるいは「組合と社長さん」以外の相談先との確かなつながりが得られることが必要だった。つまり、誰かが彼女に対して「妊娠=帰国」の等式を信頼可能な形で打ち消す必要があったのだ。

だがリンさんの状況はこの真逆だったと言える。監理団体や雇用主から「妊娠しているのではないか」と尋ねられることは何度もあったが、そうした言葉に合わせて「妊娠しても大丈夫」というメッセージを受け取った記憶は一度もないという。

「監理団体及び実習実施者は、技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に努める責任があります。また、技能実習生に対しては、日本人と同様に日本国の労働関係法令が適用されます」(下線筆者)

2019年3月の注意喚起には確かにこう書かれている。監理団体や雇用主には実習生を「保護する責任」がある。そして、監理団体は入国後講習の中で妊娠・出産に関する権利について実習生に伝えなければならないことにもなっている。

だが、それらが日本中の実習現場でどの程度実行に移されているかを政府や外国人技能実習機構はほとんど監視できておらず、基本的には野放しに近い状態になっている。リンさんが誰にも言えなかったことは、その当然の結果でしかない。

あえて性悪説に立つが、雇用主や監理団体の側にとっては、実習生に適切な情報を与えることでその脆弱な立場を少しでも強化しようとする動機は良心以外にほとんど存在しない。

率直に言えば、実習生の立場が脆弱で自らに従属せざるを得ないことは、雇う側にとってはメリットなのである。特に、低賃金できつい労働に従事してくれる日本人が少ない地方であればあるほど、そこから離れて転職していく自由のない、従順な実習生が貴重な存在になる。

こうした構図があればこそ、本来なら第三者としての日本政府が立場の弱い実習生の側に立って対抗力を働かせなければならない。だが、そうはなっていないのだ。全国で3000を超える監理団体に対して、その許可の取り消しは毎年数件に留まる(2018年1件、19年2件、20年8件)。

また、妊娠のことに限らず、実習生が外国人技能実習機構の相談窓口に相談しても、「まずは監理団体に相談」と言われて終わってしまう場合も少なくないと聞く。監理団体に言えないからこそ困っている側とすれば、ほとんど相談窓口の意味を成していない。

言うまでもなく、国際貢献の名の下にこの制度の大元を設計し、生殺与奪の権をベトナムなど各国の送り出し機関、そして日本全国の監理団体と雇用主の側に配ってよしとしているのは日本政府自身である。政府のあえてする無策によって、実習生たちは今も従属的な立場のもとに放置され続けているのだ。

これがリンさんという個人を取り巻く日本社会の姿である。こうした状況の中、熊本で必死に対抗力をかき集め、孤立無縁のリンさんを支援してきたのが、専従職員が一人もいない、だが35年以上の歴史と経験、そして地域のネットワークを地道に耕してきた、外国人支援団体のコムスタカだ。

問題は実習生側の「誤解」ではない

リンさんの支援活動の中心となっている市民団体コムスタカの代表を務める中島眞一郎さんのインタビューを収録する。中島さんは1985年9月にコムスタカの前身である「滞日アジア女性問題を考える会」が創立された当初からのメンバーであり、行政書士として外国人の生活や労働、在留資格に関わる様々な法律や実務に通暁している。

中島さんたちは主にフィリピン出身の女性たちへの支援から活動を開始し、1993年には団体の名前をフィリピン語で「お元気ですか」を意味する「コムスタカ-外国人と共に生きる会」へと改称している。今でも相談の多くはフィリピンルーツの人々からのものだが、近年は熊本県でもベトナム人を中心に技能実習生が急増し、それに合わせてかれらの労働や妊娠、出産などに関する相談も増加しているという。

中島さんがたびたび口にしていたのは、リンさんが抱いていた「妊娠したら帰国させられる」という恐怖や不安を単なる「誤解」という見方で片付けたり、コミュニケーションの問題としてのみ捉えたりするのは間違っているということだった。すでに記した通り、リンさんが知っているべき情報を然るべき人々が伝えていなかったという問題は確かにある。だが、技能実習生が日本で妊娠し、出産するということにはそれだけにとどまらない構造的な問題があるのだという。

――リンさんが誰にも相談できなかったことをどう捉えていますか。

なぜ相談できなかったかというのは、やっぱりベトナムに帰らされることの恐怖感よね。制度的にも技能実習生同士の妊娠・出産のケースではそもそも家族帯同を認めてない。だけん、産まれた子どもに家族滞在の在留資格は出ない。日本で技能実習生間で子どもが産まれるっていうことは想定されていない(*)。つまり、技能実習生は、単身で来て、3年、5年いて、恋愛も結婚も子どもを作ることもしない、機械のような存在として想定してるわけでしょ。

(*)政府は実際に「想定していない」と言っている。「法務省は『技能実習制度はあくまで「技能を身につけて持ち帰る」ための制度で、実習期間中の妊娠や出産は想定していない。ただ、個別の事情に応じて在留資格の変更などに応じられるので、安全に出産できるよう、ひとりで抱え込まずに、まずは相談してほしいと話しています。」(NHK NEWS WEB「外国人技能実習生 妊娠出産めぐるトラブル相次ぐ 国は注意喚起」2020年12月28日より、下線筆者)

実際に今まで監理団体がどうしていたかと言うと、送り出し機関も含めて、日本で交際したり、恋愛して妊娠したら帰らせる。それを(契約などに)明記していたりね。だから、「妊娠したら帰らされる」ってのは、単なる誤解でもなんでもなくて、今でも現実として存在し続けてる。(帰国させられないために)ネットで中絶薬を探したり、病院で中絶して実習を続けるということも当たり前のように行われている。

――2019年3月の政府の注意喚起のあとも本質的な変化は起きていないということでしょうか。

今でも実習生が自分一人の力だけで不利益を被らずに日本で妊娠・出産できるという状況にはなっていない。

技能実習生が40万人いて、その半分くらいが女性でね、多くは20代と考えれば、妊娠する人の数が年間で数百人、千人といても全然おかしくない。にもかかわらず、注意喚起の通知が出た後であっても、実習生が日本で産むことができた事例が数多く見えてきているわけではない。その人たちの多くは今でも諦めて帰るか、中絶するか。

でも、(リンさんの事件について)マスコミの報道もたくさんあって、私のところにもコメント依頼が何社も来たけど、どれも「通知が出てるのにちゃんと周知徹底してなかった」という話なんよ。

――報道も「伝わるべき情報が伝わっていない」という図式になっているけれど、政府の注意喚起が出た後であろうと、リンさんが「日本では産めない」と思っていたのは、少なくともその半分は合っているということなんですよね。

半分というよりも、私は実態としては合っていると思う。日本で産むということは、たまたま我々のような存在や支援する人たちとの出会いや寄付があってしかできない。今でもそれで間違っていない。

実際もう暮らせないんだから帰ったら?

――実習生個人が権利の存在を知っていても、それを行使できるかどうかは適切な支援者との出会いにかかっているような状況があるわけですね。

もっと言えば、監理団体と会社は家族でもないわけで、妊娠したときに配慮はできるけど、じゃあその後の生活をどこでするのか、相部屋でずっと出産までいくのかとかね。アパートを借りて、出産後に育てるなりその前に待機するにしても、誰が買い物の世話をするのか、病院にはどうやって行くのか。それを組合や会社が面倒見ることはまず期待できない。

日本の病院も、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ネパール、そういう多言語対応をやってるかと言えば、まずほとんどしていない。病院から「緊急時にいつでも通訳対応できるようにしてくれ」と要求されたりね。だから(監理団体や雇用主以外の)支援や協力者がなければできないわけよ(*)。

(*)「国の省令では、実習生が帰国するまでの生活は、日本の監理団体や企業が責任をもつことが定められています。しかし法務省によりますと、この省令では実習生の妊娠や出産にかかわる費用や手続きを監理団体や企業が負担しなければならないとまでは言えないそうです。」(NHK NEWS WEB「外国人技能実習生 妊娠出産めぐるトラブル相次ぐ 国は注意喚起」2020年12月28日より、下線筆者)

産休手当が出ても(標準報酬の)3分の2しか出ないわけだから、そこから保険料も取られて家賃も払ったら生活できないでしょ。それから多くの技能実習生は(出産時点で)1年6ヶ月以上の契約期間が残ってないから育休が使えないわけよ。使えるのは日本に来た直後で妊娠してるようなケースぐらいでほとんど適用ができない。

それで監理団体や、会社の人たちは「もう暮らせないんだからベトナムに帰ったら?」という話になる。ほとんどは本人に諦めさせて、辞めて帰らせるというパターンになってると思う。

――わかりやすい「強制」がない場合でも、「これだけ厳しい状況だけどどうする?」と伝えて実習生の側に「自主的な決断」を委ねると。

本人の自主退職という形で済ますだけ。組合や雇用者としての責任を逃れる。だから、日本人労働者でも実際は解雇なのに本人に退職願いを出させて辞めさせるということがあるけど構図は似てるよね。

――結局、少なくない技能実習生が妊娠をするというのは当然想定可能なことであるにも関わらず、政府があくまで「想定していない」というスタンスに固執し、社会として準備すべきリソースを全く準備していない。見て見ぬふりをしながら、外国から若い方たちを何十万人と受け入れ続けているという話。

だから現実には問題が起き続けるよね。3年か5年か労働力として機械のように従順に働き続けてくれる実習生しか要りません。そこから外れた者は表の世界では認めてないので本人の自己責任で裏で処理してください。そしてリンさんのように孤立出産した人は場合によっては刑事処分に課しますよというね。

――犯罪化ですね。

刑事罰を課して、上陸拒否事由者として原則的に日本に来られなくして葬る。というのが、この問題から見える今の日本の現実。リンさんのように刑事裁判になるケースはごく限られているかもしれないけれど、でも確実にそうやって追い詰められる人たちは出てくるし、その多くは妊娠したら諦めて帰っている。妊娠は病気じゃないので働ける人はぎりぎりまで働く。リンさんもそうだったけれど、彼女の場合は想定よりも早くお産になってしまった。

技能実習制度への依存自体の限界

――技能実習生だけでなく、アルバイトとして働くことの多い日本語学校の留学生にも家族帯同を認めていませんね。

新しくできた特定技能(1号)もね。技能実習生にしろ日本語学校の学生にしろ、そこの人数が多いわけ。つまり、労働力として一番依存している人たちに妊娠、出産させない想定でやってることのおかしさね。そのひずみは出てくる。

――しかも妊娠、出産する可能性のある年齢層がほとんどです。安く、元気に働いてほしいということで。

そういう人たちを入れたいわけでしょ。妊娠も出産もしないで働き続けてほしいという日本側の都合よね。はっきり言えば、技能実習って建前だけで、来る側も受け入れる側も労働力としてしか見ていない。だったら、労働の在留資格をつくって正面から受け入れていったほうがいい。ブローカーに食い物にされないとか、外国人労働者としての特別の保護は必要なので、保護法もつくった上でね。

実習生を借金まみれにして、選択の自由を制限して、我慢させて、それで成り立っているということを続ければ、やっぱり経営側も腐敗するし麻痺してくるよね。私から見ると、日本側に一種の利益共同体ができていて、都合のいい仕組みだから技能実習制度は肥大化している。でも、この制度に依存すればするほど蝕まれていく。

最近では、コロナで帰れない実習生たちが(転職可能な)特定技能の在留資格に切り替えて、いつの間にか新しい職場と契約して離れていくということも起きている。逆に、新しい雇用先を伝えたことで、まだ在留資格の手続きが済んでいないのに元の寮を追い出されるということもある。転職の自由があれば賃金の高いほうに行くのは自然でしょ。だから、熊本や鹿児島、宮崎もそうだけど、最低賃金が全国最低レベルのところは確保できなくなっていく。

――技能実習制度は日本の地方に低賃金の外国人労働者を張り付けにする役割を果たしています。

来ている側も、ある程度は経済発展していて、自国で借金をして日本に来るだけの力はあるけど、韓国、台湾ほどには発展していない国。この隙間なんよ。だから、中国からはどんどん来なくなるし、今はベトナムが伸びているけどこれから何年もつかなという感じで。次はカンボジア、ミャンマーに変わらざるを得ない。

もう熊本県内でもカンボジアから百何十名と来ている。しかも、彼らも韓国に行ったほうがいいと思えば韓国に行く。選ばれるうちが花だけど、円の強さとか経済力は相対的にどんどん落ちていく。そういう構図の中でしか成り立たない。

――短期的な時間稼ぎにしかなっていないと。

その使える時間がね、私は5年、10年ぐらいかなという風に見ている。だから、単に次はカンボジアに変えたらいいという問題ではなくて、本当に必要なのは、地方なら地方で、定住してくれる人なんよ。そこで家族をつくって、子どもを育ててね。

だけど今は技能実習も特定技能もローテーションの労働力で、定住させない、家族もつくらせないということを前提に、一時的な救済措置のようにして使っている。そんなことはいつまでも成り立たない。

――そもそも日本が子どもを安心して育てられない社会であるという根っこの問題を直視できないことが、外国人から家族をつくったり定住したりする機会を奪って当然とする姿勢にも通じていると思います。

出生数がついこの前(2016年)100万人を割ってさ、それから3年で80万人台(2019年)でしょ。今年(2021年)は下手すると80万人を割るとも言われている。だけん、そのことを止めない限り、もうつるべ落としのように底が割れていく。

労働者の4割が派遣も含めて非正規になってしまえば、そしてそこに若い層が多くいればいるほど、家族もつくれないし子どもも育てられない。育てられるのは中流以上だけというようなね。だから、働きやすい環境、子どもを産めたり育てられる地域や社会をつくっていかない限り、この問題は解決しない。

――社会的な責任や制裁が女性に集中させられる構図もありますね。

死体遺棄罪にしても父親を共犯で捕まえるわけではない。全部を女性の個人責任にしてしまう。「誰にも相談できないような妊娠をして、孤立出産したりするような人間なら、社会的にバッシングしてもいいんだ」ということがこの男性社会の中に暗黙のうちにある。それがずーっと続いていて、誰も疑問に思わない。

――フィリピン出身の女性たちへの支援など、1980年代からのコムスタカの活動とも通底しているでしょうか。

当時はDVという言葉はなかったけど、日本人の男性から暴力があったり、家から追い出されたり、帰国させられそうになったり、子どもの親権を取り上げられたり、認知をしてもらえなかったり。婦人保護施設も日本人しか入れなかったりという時代で、その中で夫との交渉はこちらが責任を持ってするから入れてほしいという話をしたりね。だから交渉相手が夫であろうと監理団体であろうとなんであろうと同じなのよ。

――やっていることはかつても今も変わっていないと。

私たちにできるのは相談に来た人たちの個別のことを解決すること。相談をする被害者がいれば加害者がいる。あるいは決定権を持っている人がいる。多くの運動は周辺をやるわけね。自分はリスクを負わないで、相手に分からないようにして解決を図るというのが大半でしょ。でも、その相手に向かって直接要求したり変えたりしないと解決しないわけよ。リンさんのことだって裁判所で覆すしかない。だからそこに全力を尽くす。

こちらには署名を集めて数でなんとかできるような勢力はない。だけど本人がやる気になって、相手さえわかれば、相手を変えてしまえばひっくり返せるでしょ。そのためにはどんな相手とも向き合える人間が要る。行政の補助金とか色んなものに依存していないコムスタカのような存在が必要になる。そういう人が日本社会で育ってきて、自分を震源地として発信できるようになったら変えられる。そういう風に考えている。

彼女はなぜ誰にも相談できなかったのか

最後に、この記事で立てた最初の問いに戻りたい。リンさんはなぜ、誰にも相談できなかったのか。死産の前からリンさんとのつながりがあった加藤美江さん(仮名)のこんな話が印象に残っている。

「最初はリンさんが無口だと思っていたんです。(みかん農園で先輩だった)クックさん(仮名)が日本語でしゃべっていることが多くて、そこにベトナム語で割り込んでくることも少なかった。でもこないだは2時間ぐらい日本語でずっと話していました。ああ、こんなに話す人なんだなあと。逮捕されて留置されてからすっごく勉強して、自分のことを伝える力を自分で身につけたんですね」。

リンさんは妊娠のことを言い出せなかっただけでなく、言葉を発すること自体が少なくなっていた。中島さんの言う「機械のように働くだけの存在」としての実習生からは、自分の意見を言葉にしたり、不安を誰かに相談したり、自分を守るための様々な情報やつながりを見つけたりする力自体が奪われている場合も少なくない。

その根本には、技能実習生を「数年で帰っていく存在」としてしか見ない日本社会の姿がある。定住は認めない、数年で必ず帰国させるという前提があるからこそ、日本語学習の機会提供にも、家族形成の支援にも、消極的なのだ。どうせ帰らせるのだから。

同じ日本政府が、一方では「婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止」は実習生でも同じだと注意喚起をしている。だが他方では「技能実習生の妊娠・出産は想定していない」と言い続けることをやめない。

その根本的な不整合を自ら残しながら、「妊娠したら帰国させられる」という恐怖はあくまで実習生たちの「間違った認識」であるというのが政府の立場のようだ。あたかも問題は実習生側の誤解にあるかのような言い方である(*)。

(*)『厚生労働省は「妊娠したら強制的に帰国させられるという間違った認識が、実習生の間で広がっているとみている。企業や監理団体に相談することをためらう場合は、国や自治体に気軽に相談できるよう母国語の相談窓口の周知を徹底していきたい」と話しています。』(NHK NEWS WEB「外国人技能実習生 妊娠出産めぐるトラブル相次ぐ 国は注意喚起」2020年12月28日より、下線筆者)

だがこの記事で繰り返し確認してきたのは、この「間違った認識」論こそが間違っているということだった。

たとえわかりやすい「強制」ばかりではなかったとしても、「妊娠=帰国」という「常識」の広まりには無視し得ない理由がある。少なくとも、その不安を打ち消すような言葉も、本当に信頼可能な相談窓口も、悪質な監理団体や雇用主に対する抑止も、全く足りていない。

実習生側の誤解だと言って済む問題ではないのだ。呼び込んでいる政府の側にこそやるべきことがある。

そもそも日本政府が「実習中の妊娠や出産は想定していない」という前提の上に制度を作ってきたこと自体が、監理団体や雇用主によって繰り返される「婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱い」、そして政府自らによるその放置の根本にあるのではないだろうか。

妊娠、出産、子育ては技能実習制度にとっての「想定外」であり、そこでは「予期せぬ妊娠」という言葉が二重の意味を帯びる。人間が生きているのに、妊娠も出産もきっとしないだろうと想定することがどれほど非人間的なことか。技能実習においては、人間が人間であること自体が想定外なのだ。

だが、想定しなくても起きるものは起きる。ただ働く存在であること、非人間的であることを求められた実習生が、それでもなお人間であることを自覚せざるを得ない事態の一つとして妊娠はある。

そして、その狭間に立たされた人間が、「想定外」を招いた責任を一方的に押し付けられることの恐怖として、リンさんの孤独はあった。私はそう思う。必要なのは、妊娠や出産を「想定内」とするあり方に一日も早く変えていくことだ。

リンさんが「誰にも言えなかった」ことの背景には、実習生を「物言わぬ存在」、そして「物知らぬ存在」へと押しとどめるために張り巡らされた何重もの障壁がある。来日前の借金から転職の不自由、家族帯同の禁止まで、そこには技能実習を取り巻くあらゆる仕組みが関わっている。しかもそれらがすべて国際貢献の旗の下になされているのである。

彼女に責任を押し付け、彼女の沈黙の背景にフタをしてしまえば、また同じことが起きるだろう。そして、何度も繰り返し彼女たちが責められ続けるのだ。「技能実習生が赤ちゃんを遺棄する事件が相次いでいます」「妊娠したら帰国させられるという誤った認識が広がっています」。その繰り返しを止めるためには、問わなければならない。彼女たちの口を塞いできたのは一体誰なのか?本当に非人間的なのは一体誰なのか?(続編記事へ続く)

リンさんの刑事裁判は6月21日から始まる。彼女を支援するコムスタカでは裁判支援などのための寄付金を募っている。この記事が一人でも多くの人の目に触れることで、リンさんの境遇への理解や支援が広がればと思う。

【前編】彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(1)
熊本の農園で働く技能実習生のリンさんは、強制帰国を恐れ、妊娠を誰にも言えず、部屋で一人、双子を死産した。出血も多く、恐怖と混乱の中で、一日部屋にいた。それが犯罪だとして21歳の彼女は起訴されてしまう。彼女がしたことは本当に「犯罪」なのか?
【後編】妊娠した彼女を独りにしなかった人たち。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(3)
現状の実習制度の中で、日本で妊娠した実習生の多くは中絶か帰国か選ばざるを得ない状況へと追い込まれている。その二択以外の選択肢はあるのか。「誰にも言えない」という恐怖からの出口はあり得るのか。あるとすればどこに?

CREDIT
望月優大|取材・執筆
柴田大輔|取材・写真
伏見和子(難民支援協会)|取材

寄付で活動を支えてください。

ニッポン複雑紀行を運営する認定NPO法人 難民支援協会(JAR)の活動を支える資金の約6割が寄付です。ニッポン複雑紀行の運営も皆さまからのご寄付によって続けることができます。この記事やJARの活動に共感いただけましたら、ご寄付という形での応援をご検討ください。難民の方々への直接支援と、社会をつくる取り組みに大切に使わせていただきます。

詳細はこちら

TEXT BY HIROKI MOCHIZUKI

望月優大
ニッポン複雑紀行編集長

1985年生まれ。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』(講談社現代新書)。代表を務める株式会社コモンセンスでは非営利団体等への支援にも携わっている。@hirokim21