解説記事・声明等

難民・難民申請者を送還するということ

(Updated: 2023.5.16)

2.法改正により難民申請者の送還が可能となることの問題点

現在の法律では、すべての難民申請者の送還は停止されます(送還停止効)。そこに一部例外として、難民申請が3回目以降の人などの送還を可能とする内容が含まれた改正法案が、2023年3月7日に閣議決定されました。通常国会で法案の採決に向けた審議が行われようとしています。

2021年にも改正法案が出されましたが、国連機関・UNHCRから「非常に重大な懸念」が示され、学者、支援団体、市民からも問題点の指摘と多くの反対意見がありました。法案は結果として廃案になっています。
2023年の今回の法案も、その問題点は残されたままです。

法案提出の背景として、入管庁は「現行入管法の課題」という文書を公表(2月20日)。まるで難民申請者が「送還忌避者」であり、重大な犯罪者であるように捉える方もいるかもしれません。

入管庁作成「現行入管法の課題」一部
出典:入管庁「現行入管法の課題」

送還忌避者とは

「現行入管法の課題」によると、「帰国したくない(送還忌避)」と書かれています。「帰国したくない」というのは誰目線での表現なのでしょうか。”わがまま”のようにも受け取れます。この中には「帰国できない」という事情を抱える人がおり、難民申請者たちも含まれています。命の危険、重大な迫害のおそれがあるため帰国できない人たちです。

同文書では、「不法残留(非正規滞在)などのため本来日本国外に退去すべき(=退去強制事由)だけれども、送還したくないといって送還できない人がいる」という説明になっていますが、退去強制事由に該当するのは、難民としての特徴にも由来します。詳細はこちらで説明していますが、例えば、空港で難民申請を希望しても、日本ではほとんどの場合、「不法入国」になり、退去強制事由に該当します。

1でご紹介したエチオピアの女性も、最終的に難民認定されましたが、当時は「退去強制を拒む人」であり「送還したくないという送還忌避者」に数えられることになるのです。

送還忌避の「問題」とは

「現行入管法の課題」には、2021年末時点で送還できない者が3,224人とあります。そもそも送還すべきでない人に対して退去強制令書を発付しなければよいのかもしれません。

また「送還忌避」の「問題」について、政府の見解はこれまで一貫していませんでした。

コロナ禍以前、難民申請者が急増し、難民申請手続きが長期化したことを背景とし、「送還忌避問題が深刻化している1」とされ、「送還忌避者」という言葉が出てきました2。そして、2019年10月、法務大臣のもとに「収容・送還に関する専門部会」が設置3。有識者や実務者からなる委員によって、「送還を促進するための措置の在り方」と「収容の在り方」について2020年6月に提言が示され、提言を受けた「改正法案」が2021年2月に閣議決定。廃案となりましたが2023年3月に再び閣議決定されるという経緯を経ています。

しかし、これらの提言の前提として、「送還忌避問題が深刻」「送還忌避者の増加」4との理由が挙げられてきましたが、法務省は、2018年以前の送還忌避者の実態をそもそも「集計していない5」と過去に回答しています。定義もあいまいで、送還忌避者の中には難民申請者は含まないとの回答が政府からされたこともありました2
また、図4のように、送還・帰国者数は実は年々伸びていました。

日本では無期限の収容が可能です。収容に関する判断を司法が行う仕組みも導入されていません。これまで全国の収容施設において25人が亡くなったことが確認されており6、国内外から強い批判を浴びています。「送還忌避→収容が長期化することから長期収容問題を解消するために送還忌避者を送還してしまう」という発想ではなく、収容上限の設定や独立した機関による判断の関与、収容代替措置の導入、在留特別許可の運用など、すでに日本にもあり国際社会でも多数の経験がある仕組みを活用する方向で対応することが可能です。なお、2021年末時点の被収容者は124人で、うち、「送還忌避」は79人です7

「送還忌避問題」の対応のために、難民申請者の送還停止の例外は誤り

「問題」に対応するため、「難民申請をすれば送還が停止されることを濫用・悪用しているケースがある8」とされ、特に3回目以降の難民申請などをターゲットに、送還の停止の規定から対象外にできるよう法を変えよう、という動きになっています。

「現行入管法の課題」によると、送還忌避者3,224人のうち難民申請者は1,629人です(2021年末時点)。

しかし、1でご紹介した事例図1が示すように複数回難民申請により庇護が受けられた人はいます。加えて、例年99%以上が難民として認められない日本の厳格すぎる審査と今なお向き合い、収容されながらも留まっている申請者がたくさんいます。

同文書では、前科を有する者についての記述も目立ちます。難民の定義において犯罪歴が問題になるとすれば、避難した先の国の外で重大な犯罪(政治犯罪を除く)を行った人などを保護の対象外とする難民条約上の規定(除外条項)のみです。犯罪歴と関連付けることは、入管庁による印象操作と言えます(詳しくは、2021年に入管庁が発表した資料「現行入管法上の問題点」に対する意見をご覧ください。2023年の「課題」についても、弁護士の指摘があります)。

「現行入管法の課題」で送還を妨げる理由に「法の不備等」とありますが、法の不備なのではなく、国際法が求めているものです。1で説明したとおり「ノン・フルールマン原則」という、難民条約以外の拷問等禁止条約や自由権規約といった国際人権法にも含まれる強い概念です。

ノン・ルフールマン原則を遵守するために、難民申請者は例外なく送還停止がなされるべきです。明らかに理由がない難民申請の場合でも、もともとの決定をした機関とは別の独立した機関・裁判所などに不服申立ての権利が認められ、かつその機関や情報の専門性・正確性が担保される必要があります910

万一誤った判断で送還されたら、その命に私たちはどう向き合ったらいいのでしょうか。この方針転換から考えるべき私たちの国の姿勢が問われています。

  1. 第192回国会・参議院法務委員会での金田勝年法務大臣の答弁(2016年10月20日)、第196国会・衆議院法務委員会での上川陽子法務大臣の答弁(2018年5月9日)[]
  2. 出入国在留管理基本計画(案)に対するパブリックコメントへの法務省の回答(2019年4月26日)および第201回国会・衆議院予算第三分科会での高嶋政府参考人の答弁(2020年2月25日)[][]
  3. 法務省「収容・送還に関する専門部会[]
  4. 出入国在留管理庁「第7次出入国管理政策懇談会における「収容・送還に関する専門部会」の開催について」など[]
  5. 第200回国会第84号「参議院議員福島みずほ君提出外国人の収容および「送還忌避」に関する質問主意書[]
  6. 全国難民弁護団連絡会議「入管被収容者の死亡事件[]
  7. 入管庁資料「出入国管理統計[]
  8. 法務省 収容・送還に関する専門部会「第4回議事概要」、入管庁「現行入管法の課題」など[]
  9. 国連・自由権規約委員会の日本政府への勧告(2022年11月)、法務省 収容・送還に関する専門部会「第2回会合UNHCR提出資料」など[]
  10. イギリスには、「明らかに根拠のない」主張に基づく難民申請者に対して、一次審査において不認定となった場合、英国内での不服申し立てを認めない制度がある(Non-Suspensive Appeal Procedure:NSA)。NSA適用可否の判断にあたって、様々な手続きを経る必要があり、控訴院に提訴する権利もある。その上、第三者機関の勧告等を受け、ガイドラインが改訂され、その適切な運用のために努力が図られている。他方、不適切なNSAの適用事例も認められる(難民研究フォーラム「イギリスの難民該当性審査の迅速処理制度とその課題」)[]