5人の安全確保を歓迎。 しかし、これで終わりにしてはならない。 〜今回得た教訓から、総合的な難民保護政策への第一歩を〜

2002年5月22日


5月8日、中国・瀋陽の日本総領事館において、朝鮮民主主義人民共和国出身とみられる、子どもを含む5人が中国当局に拘束された事件に関して、特定非営利活動法人 難民支援協会は、5月22日、第三国出国によって、まずは5人全員の身の安全が確保されたことを歓迎する。ただし、これによって本質的な問題が解決したわけではないであろう。

中国にはここ数年、朝鮮民主主義人民共和国から何万人もの人びとが逃れてきており、中国当局の摘発を受けて送還されたり、いつ捕まるかもしれないという恐怖に怯えながら隠れて暮らしている人が数多くいると言われていることを忘れてはならない。もちろん、第一義的には難民条約の締約国でもある中国が、庇護(亡命)を希望する人びとを適切に審査した上で、必要な保護を与えるべきであることは言うまでもない。一方、捕まれば本国に送還されることを当然把握していたはずの日本総領事館において、庇護を求めていた5人に対して、テレビに映し出されたような冷淡な態度がとられたことは非常に残念である。

わたしたちは、今回の事件がただ瀋陽の日本総領事館の対応に問題があったというよりも、日本全体の難民・庇護希望者に対する政策や法の不整備が根本的な問題との認識を持っている。当協会は日本に逃れてくる難民、庇護希望者への支援を行っており、そうした活動を通じて、日本が難民に対していかに門戸が狭い国かを実感している。実際、日本が難民条約に加入して21年が経つが、その間難民と認められた人々の総計は、300人足らずであり、閣議了解を経て定住が認められたインドシナ難民の数もやっと一万人を超えるにすぎない。今回の事件が起きたのは在外公館ということで、正確に言えば日本の領土とは言えないが、日本政府の管轄下にあることから一定の国際人権法上の義務を負っていると考えられる。
難民条約をはじめ多くの人権諸条約に加入し、また「人道大国」を標榜している日本政府およびその在外公館が、それらの精神に基づいて行動していたとしたら、今回の事件はまったく違った展開を見せていたであろう。

不況とはいえ、いまだ世界第2位という経済規模を誇る日本が、いま見られるように難民、庇護希望者の受け入れを実質的に拒んでいる現実を、国際社会はどうみているだろうか? 国際機関をはじめ先進諸国からは、日本の極端に少ない難民の受け入れに対して、応分の負担を求める声はますます強まっている。世界には、今もなお紛争や人権侵害をのがれて「強いられた移動」を余儀なくされている人は数千万人いるといわれている。日本も当然のことながら「難民受け入れ」についても一定の責務を負っていることを忘れてはならない。今回得た教訓を生かして、在外公館での扱いを含む日本における庇護希望者の受け入れ、難民認定手続き、最低限の生活保障など、総合的な難民保護政策を官、民ともに考えていくべきである。