難民にまつわる8のよくある質問


「難民」。紛争や深刻な人権侵害などで命の危険から母国を逃れてきた人のこと。日本にも年間数千人の人が助けを求めて逃れてきています。
シリアの惨状や、欧州を目指す難民の群衆、テロ勃発などのニュースは、私たちに「難民」に対する漠然とした不安をあおり、現実の複雑さを突きつけるかもしれません。
しかし、想像してみてください。戦火から逃れてきた人たちのことを。逃れられず未だ母国に留まっている人たちのことを。難民問題とは、人の命や人権に関わる問題です。そのことを改めて考えるために、8つのよくある質問をまとめました。
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1. 難民は貧しくて困っている人? 

難民は、紛争や深刻な人権侵害などから母国を追われ逃れざるを得ない人です。

難民とは、「経済的に困っている人」と同義ではありません。難民になる前は、家があり、仕事があり、私たちと同じ日々の生活があった人たちです。

2. 難民は皆いつか母国に帰る人?

現実は複雑で、母国へ帰ることだけが難民の目指す先ではありません。

難民を生み出す原因である紛争や人権侵害の根を断つことは簡単ではありません。平和と秩序が回復され、国として必要な機能やインフラが整備されるようになるまでには、相当な時間を要します。ミャンマー(ビルマ)から日本に逃れてきたある難民は、帰国を実現させるまで27年間、待ちました。一方で、数十年の歳月を経て、母国で新たに生活を立ち上げることは難しく、帰国を断念する人もいます。逃れた先で家族ができたり、新しいチャンスを得たりして、そこを第二の故郷とし生きていくことを選択する人も稀ではありません。
また、そもそも帰るべき「故郷」を持たない人もいます。難民の半数は、難民キャンプなど逃れた先で「難民」として生まれた人たちです。

3. 「難民」と「移民」って何が違うの?

両者の大きな違いは、出国するにいたった理由です。多くの移民は自ら選んで国を後にしますが、難民は命の危険などから出国を強いられます。

ただし、難民が主体性をまったく持たない存在とは言い切れません。少ない選択肢の中でも、よりよい人生を生きていくため、子どもによりよい教育を受けさせるためにと、希望が叶う可能性が高い国や地域を目指す人も多くいます。一方、移民の中にも、性的搾取などの人権侵害を受け、自分の意思とは反して出国を強いられる人もいます。日本のように難民認定が厳しい国では、難民認定を求める申請をあえてせず、留学やビジネスの資格で滞在する人もいます。移民と難民は異なる点もありますが、両者の境界は常に流動的であいまいといえるでしょう。

4. 難民は「不法入国者」?

命からがら逃がれてくる難民の中には、合法的なビザやパスポートを持たずに入国する人もいますが、それを「不法入国」とするのは間違っています。

救急車がスピードを出し、赤信号を進行することができるのと同様に、難民の「不法滞在」や「偽装書類による入国」も緊急事態時であるがゆえの行動です。日本も加入している難民条約には、これらの「不法行為」を理由として、難民を罰してはいけない(難民条約第31条)と定められています。

5. 難民は社会にとって「危険な存在」?

難民こそが暴力とテロの犠牲者です。

難民の移動がテロをもたらすのではありません。テロや戦争の恐怖が、難民となる人を生み出しているのが現実です。たとえば、シリアから逃れている人びとの多くは、無差別攻撃によって家族や友人を殺され、家を焼かれ、国を逃れた人びとです。
テロリストの入国リスクがゼロにならない限り、難民を受け入れるべきでないという意見もあります。しかし、国境を越える人の移動が「リスク」だとすれば、それは難民に限りません。観光客の来日も同様です。そう考えると、テロリストが紛れ込むことを理由に、難民の受け入れを拒絶することは理に叶っていません。
難民を保護する(助ける)ことと、人の出入国を管理する(取り締まる)ことはそれぞれに重要ですが、対応方法を混同してはいけません。

6. 難民は社会の「重荷」?

新たな土地で生きるために必要な支援を受けた後は、成人であれば働き、納税し、社会の中で自立していく人たちです。

「難民」として生き延びるという過酷な経験は、時に、彼らに生きる力の強さや逞しさを与えます。逃れた先でそれらを活かし、社会的に成功している人、受け入れ社会に大きな貢献をしている人もいます。一方、難民となり教育の機会を奪われた人や、拷問の経験からトラウマを抱えている人もいます。平和で安全があり、人が支えあって生きる仕組みがある国が、教育の機会や高度な医療を難民に提供することも、価値ある取り組みであることを忘れてはいけません。
そもそも、命の危険から逃れてきた難民を救うのは、当たり前のことです。それは、社会の「重荷」ではなく、「責任」ではないでしょうか。

7. 日本に「偽装難民」がいることは問題?

「偽装難民」を取り締まることばかりが注目され、助けが必要な難民が置き去りになる事態こそが問題です。また、働かないと生きていけいない難民の状況が見過ごされていることも問題です。

そもそも、「偽装難民」の定義は不明瞭ですが、日本で働くことを求めて難民申請をする人がいると、一部報道で伝えられています。
これについては、2点の誤解があります。1点目は、難民が日本で就労を希望することについてです。たとえば、妻子を残して逃れてきた人の場合は、わずかな稼ぎであったとしても、母国にいる家族のために日本から送金したいと思うことは当然の気持ちと言えるでしょう。難民が逃れた先で働きたいと思うこと自体は批判されるべきではありません。
2点目は、働かなくても難民は生きていける糧があるという誤解です。実は、難民申請の結果が出るまでには、平均3年かかるため、働かないと生きていけない、という現実があります。不認定となり、裁判を経て9年目でやっと認められた人もいます。その間、基本的には自力で働き、生計を成り立たせなければなりません。これらを踏まえると、日本で働いている=難民ではない、という考え方は成り立ちません。
一方で、難民ではないけれど、就労資格を得たいという理由だけで難民申請をしている人がいることも事実です。その背後には、人手不足にあえぐ企業の存在がありながら、移民労働者の受け入れを認めないという日本政府の立場があります。「偽装難民」問題は、今の日本経済に必要不可欠な移民政策が不在であることと深く関係しています。

8. 難民問題解決には、母国を平和にする取り組みこそやるべきなのでは?

難民流出の根を止める取り組みは必要ですが、平和で安全な国が、積極的に難民を受け入れ、難民に尊厳や希望を回復する機会を提供することも必要な取り組みです。

難民を生み出さないために、戦争や紛争のない秩序の実現に向けた努力はし続ける一方で、それが難しい現実に対して、何をすべきなのかを考えなくてはいけません。いじめをなくす努力は続ける一方で、いじめがでても対応できる体制を作る、という問題認識が、難民問題に対しても必要ではないでしょうか。
紛争が勃発し停戦が実現するまでに数十年、荒廃した国を再建するまでに最低数年。その間も、難民となった人たちは生きていかなくてはなりません。難民キャンプで最低限の衣食住が確保されることは重要ですが、人が尊厳と希望を持って生きていくためには、社会とつながること、働くこと、教育を受けることなどの機会も不可欠です。国連やNGOの間では、「責任の分担」がキーワードとなっています。G7の一角を占める日本として、国際社会とどう協調し、解決策を模索するのか、責任と度量が問われています。

▼さらに詳しくは、「日本にいる難民のQ&A(PDFファイル 17MB)」をご覧ください。