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活動レポート

アフリカ、特にコンゴ民主共和国から逃れてくる方が増えています

この冬も多くの方が東京・四谷にあるJARの事務所を訪れています。12月1日から1月20日までに相談にみえた方は168人。来日したばかりで、何とか情報を得てJARにたどり着く人が毎日います。半数以上がアフリカ出身です。

12月中旬に、アフリカのある国から4人が同時に到着しました。元々、知り合いではなく、成田空港で出会ってから行動をともにしているそうです。日本を選んだのは、偶然、最初にビザを手配できたことや、母国から遠く離れているため安心できるといった理由で、日本に知り合いは一人もいません。母国からの所持金で1ヶ月ほど食いつないでいましたが、JARにきたときには100円足らずで食事もままならない状況でした。通常より多く確保していた19部屋のシェルター(一時宿泊施設)は満室。4人は都内の教会で夜を明かし、朝になるとJARに戻ってきて食事・仮眠をとる生活が約3週間(*)続きました。先週ようやくシェルターがあいて入ることができました。生活に困窮した難民申請者向けに、外務省が支給する保護費に申請していますが、まだその面接を待っており、受給までしばらく時間がかかりそうです。

*皆さまのご支援により、年末年始にかけて追加支援をすることができました。彼らをはじめ、ホームレスとなっている難民が、せめて年末年始の1週間はあたたかくして休めるよう、泊まれる場所を手配しました。

拷問をともなう迫害から逃れてきた方も―コンゴ民主共和国

今年は、アフリカのなかでも、特にコンゴ民主共和国(*2)から逃れてくる方が増えています。この冬だけで10人以上がJARにたどり着きました。コンゴ民主共和国 からは現在、約50万人の難民が出ています(*3)。世界で5番目に多い数です。2003年の和平協定により、形式的には終戦した内戦ですが、東部では未だに戦火が止まず、不安定な状況が続いています。今年は大統領選挙を控えているため、政治的な緊張も高まっているようです。
最近JARを訪れるのは、東部の出身で武装集団のリクルートを拒んだ結果、拘束されて拷問を受け、命からがら脱走した方や、政治活動を理由に狙われ、幼い子どもの手を引いて来日した方など、深刻なケースばかりです。フランス語圏のため、英語が全く通じない人も多く、フランス語のできるインターンやボランティアに支えられて何とか対応しています。

日本で7年かかって難民認定されたコンゴ民主共和国出身のマッサンバさんの話はこちら(弁護士ドットコムNEWS)

snow2016.jpg慣れない寒さに体調を崩す人が多く、この冬だけで2回、救急車を呼びました。毎日のように病院と調整し、医療につなげています。東京も年明けから気温が下がり、今週は雪も積もりました。まだまだ冷え込む日が続きそうで、越冬支援は正念場です。引き続き、ご支援をよろしくお願いいたします。

winter2015_button.png

*2 コンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo)は1960年にベルギーから独立した国で、フランスの植民地だった「コンゴ共和国」と隣接していますが、別の国です。コンゴ民主共和国では、1998年から2003年までの間、現代アフリカ史上最悪の戦争といわれる「第二次コンゴ戦争」が勃発し、多くの死者、難民がでました。その余波は現在も続いています。
*3 UNHCR Global Trends 2014による

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(2016年1月21日掲載)

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