「難民の友達」との思い出/小川 誠さん

食事に困っている難民の方々へと、以前からお米を送ってくださっている合資会社 大家族の小川 誠さん。その背景には、ドイツで知り合った難民の友人たちとの思い出があることを教えてくださいました。

ドイツで出会った4人の難民

もう20年から30年も前のことですが、私がドイツにいたとき、難民の友人が4人いました。一人はソビエトがアフガニスタンに侵攻して逃げてきた医学生。ドイツ語のクラスで知り合ってとても仲良くなりました。頭がよくて、ドイツ語力が日増しに向上していき、とてもかないませんでした。しかし、彼は叔父がいるアメリカへ行ってしまい、一度だけハガキをもらいましたが、以後連絡はつきませんでした。今でもとても会いたい友人です。一方、彼の友人は完全に内にこもってしまっていて、カルチャーショック状態だったと思います。言葉も通じず、その後どうなったことやら。とても心配でした。

もう一人は、近所に住むスリランカ内戦を逃れてきた男性。彼はやはりインテリで、とても善良な人でした。難民認定を受ける前に知り合い、途中で認定を得られたのか、家族を呼び寄せられました。でも、仕事がなくて、よく図書館で勉強していました。奥さんはほとんど閉じこもり、外に出ませんでした。でも、子供は近所の子や私の子とも元気に遊んでいました。

最後の一人は、アフリカのコートジボワールから政治的な意見を理由に迫害を受けて、ドイツへ命からがら逃げてきた大学生。非常に礼儀正しく、やはり善良な学生でした。残念ながら、彼は2年待っても難民認定されず、本国へ送還指示が出てしまいました。その時、私が何かの時にと渡してあったお金でパスポートを偽造してフランスに逃れ、運よくそこで知り合った女性と結婚して無事だという連絡を何年か後でもらったことがあります。

日本の「おもてなし」はどこへ

難民のニュースが報道されるたびに、私は彼らのことを思い出します。ドイツは当時から難民に対して非常に人道的で、私の友人や知人も、移動制限を除けば、衣食住に不自由なく、本当に普通の市民と変わらない穏やかな生活が保障されていました。それがドイツの良心です。日本にはその良心がありません。

オリンピック招致では日本人の「おもてなし」を大々的にアピールする一方で、日本に命からがら助けを求めてやってくる難民に対しては、政府はもてなす気持ちがさらさらありません。例えば、今日本にいる難民申請者にはほとんどの場合、住む家も食料も与えられていません。昨年の難民申請数は5000人。難民認定したのはたったの11人。毎日2400万人分もの食糧をポイ捨てにしている国で、どうしてわずか1万人程度の仕事もない難民申請者に食糧を提供できないのでしょうか。全く身寄りのない難民にどうして住居すら提供できないのでしょうか。世界が一つになった時代に、多くが難民となることを避けられない時代にこんなに冷酷無慈悲な非人道国家が存在していていいのでしょうか。私はそのことがあまりに恥ずかしくて、ドイツの友人に会ったら見せる顔がありません。

国連機関にお金を出すことが悪いとは言いません。でも、一番大切なことは国が難民申請者に衣食住の最低限を保障してあげることと、難民に親身に寄り添って認定審査をすることです。そして、私たち市民が自分の住む家の隣に彼らを受け入れて、笑顔で挨拶をし、「困ったことがあったら何でも聞いてね。」と言ってあげることです。言葉なんか通じなくても、そういう思いは必ず通じるもの。それが日本人の美徳である「おもてなし」の心でしょう。

執筆者:小川 誠さん(合資会社 大家族 代表 )

生き物との共生を目指し、有機農法を基本に不耕起栽培や無肥料栽培も取り入れた21世紀型の未来農業を追求。JAR代表理事の石川と同窓のご縁で知り合って以来、お米を無償で送ってくださっている。