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活動レポート

スイスからのインターンが見た日本の難民受け入れ

この夏、JARでインターンとして働くため、スイスから来日したマガリさん。ご両親がコンゴ民主共和国の出身で、スイスで生まれ育った難民2世です。5か国語(フランス語、リンガラ語、英語、アラビア語、ドイツ語)を話すことができ、通訳としても大活躍。
特に、コンゴ民主共和国出身の方々は、日本で母語(リンガラ語)を話せることに感動していました。2ヶ月間、週4日の勤務をこなしてくれた彼女に、JARでのインターンを通じて感じたことやスイスの難民受け入れ事情について聞きました。magarisan1.jpg

フランスでの偶然の出会いがインターンのきっかけに

大学を卒業し、秋から「移民と市民権」の研究で大学院の修士過程に進む予定です。いま思うと、JARとの出会いは運命的でした。大学でフランスに1年間留学していたとき、移民政策に関する授業をとっていたんです。そこにいた日本人留学生が、なんとJARの元インターンで、ふとしたきっかけから仲良くなりました。移民や難民について話すようになり、日本の状況についても教えてくれました。
日本にも難民が逃れていると聞いたときは驚きました。これまでアジアに行ったことはなかったのですが、彼女の後押しもあり、思い切ってインターンに応募しました。

インターンを振り返って―「毎日が勉強。多くを学んだ2か月でした」

magarisan2.jpgまず驚いたのは、難民の出身地が本当に多様なこと。近隣の国だけでなく、コンゴをはじめ、アフリカのあらゆる国から、こんなに遠い日本へ...。
「孤独」の辛さを本当に理解できるようになったのは、JARで難民の方々と接してからです。言葉は通じず、母国からとても離れていて知り合いもいない。よく食べていたものもない。大変なことです。日本はスイスと違って外国人の比率がとても低いので、インターンのために来日した私でさえ、馴染めるか不安でした。初日からJARで歓迎してもらい、安心しましたが、難民にとってもそういう拠り所が日本では特に必要だと感じました。
支援事業部スタッフの知識量と、膨大な業務を効率的にこなしていく姿に感心しました。それをインターンにも惜しみなく教えてくれたので、毎日学んだ2ヶ月でした。こんなに多くを学べるとは思っていませんでした。

リンガラ語が日本で命綱に

最も印象に残っているのは、あるコンゴ出身の方とのことです。リンガラ語を話す私に、彼はすぐ信頼を寄せてくれて、通訳として一緒に外出した際には、色々な話をしました。いまのコンゴの状況、スイスで暮らすコンゴ人について、日本での苦労―。彼は母国の家族とも一切連絡が取れなくなってしまって、非常に孤立していました。これまでのストレスに追い討ちをかけるように、その後さまざまなことが重なって、彼はすごく落ち込んでしまいました。自分で命を絶つことまでほのめかすようになり、彼が何とか踏みとどまれるよう、スタッフが皆で寄り添っていました。通訳は母語がいいという彼の希望で、私がその間の通訳もずっと担当しました。慎重に言葉を選ばなければ、命にも関わる状況だったので、大変な重圧でしたが、彼は何とか落ち着きを取り戻すことができました。いまは元気にしているようで、ほっとしています。両親がコンゴ出身であるという私のバックグラウンドが、まさか日本で活かされるなんて思ってもみませんでした。この経験は生涯忘れません。

この状況でNOという市民は少数派

年間11人しか難民認定されない、日本の厳しさは衝撃的です。スイスにも課題はありますが、日本の過酷さとは比較にならないですね(※)。日本のチャレンジは、まずは少しずつでも門戸を広げていくことではないでしょうか。難民と共生できるかどうかを語る前に、適切に難民認定をして数を受け入れることが必要だと思います。

スイスは難民の社会統合において、もっとできることがあると思います。スイスにたどり着いた難民には宿泊施設(シェルター)があり、日本の難民のようにホームレスにはなりませんが、とてもいい環境とは言えません。難民認定されてからも、スイス社会の一員として暮らしていくためのサポートは少なく、孤立してしまいがちです。
シリア難民が急増していることもあり、施策を充実させることは急務だと思います。私の感覚では、シリア難民に「NO」と言う市民は少数派です。あの情勢を見て国に帰れとは言えないですよ。欧州全体で取り組んでいく課題ですね。適切な支援があれば、難民はスイス社会に十分溶け込めます
両親がまさにその例で、父は私よりも「スイス人」だと感じるほどです。父は現在、政府系の難民支援団体で働いています。
両親はスイス生まれの私に対して、コンゴの言葉や食べ物などを知ってほしいと期待する一方で、スイス社会にも溶け込んでほしいと願っています。私はリンガラ語を話し、コンゴの食べ物も大好きですが、コンゴに行ったことはありません。私にとっては「コンゴ人である」というアイデンティティを保つ方が難しいです。
※2014年のスイスの難民申請者は22,113人。同年、難民認定されたのは6,199人で認定率は25.6%(Global Trends 2014/UNHCR)

難民支援をライフワークに。JARにも戻ってきたい!

magarisan3.jpg来日前から、移民や難民というテーマに関心はあったものの、ライフワークにしたいほどかは分かりませんでした。JARでのインターンを通じて、それが確信に変わりました。研究者か直接支援か、どういった立場で貢献していくかは、これからの大学院生活でじっくり考えたいです。
実はすでに、来年またJARに帰ってくることを計画しています。JARが大好きです。それから、日本で食べた焼肉とカレーライスがとても美味しくて(笑)。また来た際には是非食べたいです。

(2015年9月10日掲載)

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