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2011年3月10日-難民を「重荷」から「人財」へ/構想日本メルマガ

3月10日、構想日本のメールマガジンで、難民支援協会石井の記事が掲載されました。

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難民を「重荷」から「人財」へ  

 今年は、難民条約の発効60周年、そして日本の難民条約加入30周年に当たる記念すべき年。振り返ればここ日本で様々なことがあった。特に近年の大きな変化は、難民申請や受入数の増加である。

 本国から迫害を逃れて日本にやってくる難民の数は、10年前と比べ10倍近くにものぼる。また、厳しすぎる難民認定基準やセーフティネットの欠如など、苦しむ難民の声は絶え間なく聞こえてくる一方、受入数だけを見れば増加し、さらに今年度、新たな受け入れ「第三国定住」も始まった。
よく難民受け入れに関しては、「Burden Sharing(負担の共有)」「日本には応分の『負担』を」という言われ方をしてきた。それに対して日本では、「日本人でも仕事がない人がこんなにいるのに、なぜ難民を受け入れなければならないのか。ODAはたくさん出しているではないか」という反論も聞かれる。

 このある種「古典的な」対立軸にはなかなかいい結論が出そうにないが、このところの国際的な傾向を見ると、果たしてこの議論の設定は正しいのだろうか、という疑問が生まれてくる。いくつかの難民受け入れ「先進国」である調査が進んでいる。それは、受け入れのコストをこれ以上負えないという世論に対して、政府や支援団体が、「難民は、重荷ではなくAssets(財産)。難民受け入れにおける支援の費用はInvestment(投資)だ」と考え、定住後に彼らが納める税金その他のリターンとを比べてみようというものだ。計算方法は各種あるものの、おおむねリターンが上回る、という結論が導き出されようとしている。

 翻って、少子高齢化が急速に進み、働く世代の負担増は待ったなしの日本。難民は真に人道的観点で受け入れられるべきなのは大前提だが、受け入れの意義をそれ以上に見出すことができる。また、日本は定住までの高いハードルが数多く、難民が自立しにくい。私には、その先に「難民が来てくれない国、日本」の姿が見えて、その意味するところの大きさを考えるに、危機感を感じる。すでにいる難民たちも含む官民の智恵を集めて、必要な施策について議論する場が必須であると考える。

(2011年3月10日掲載)

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