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メディア掲載 : 新聞記事

祖国ビルマよ まだ帰れない/朝日新聞

2012年9月9日の朝日新聞でミャンマー(ビルマ)から日本へ逃れてきた難民についての記事が掲載されました。


(概要)
近年民主化にむけ、大きな動きを見せているミャンマーだが、祖国を逃れた難民にとっては不安要素も多いようだ。

1996年に妻と共に日本へ逃れてきたチョウチョウリンさん(52)は、88年のデモに参加後、逮捕されるが運よく釈放され、数年後に日本へ逃れることとなった。しかし、日本での難民申請は3度不認定をされ、異議申し立て中である。申請中には就労が許されず親戚からの仕送りを頼りに生活を送っており、日本で生まれた息子には健康保険がないなど、苦しい生活を余儀なくされている。祖国に戻り、デモ参加によって命を落とした友人たちの無念を語り継ぎたいと強く思いながらも現状を考えると難しい。

1988年のデモに参加し、何とか逮捕を免れ96年に妻と来日したというソウさん(43)も同様である。難民申請は認められたものの、帰国したいという気持ちから在京ミャンマー大使館を訪ねると、昨年までの「税金」を納めろと不当な二重課税を求められた。さらに、反政府活動をした難民には旅券を発給せず、1回限りの渡航証明を出すだけだという。そのような厳しい状況下で、祖国の政府は本当に変わったのか、民主化が後戻りしないのかなどまだ確信の持てない部分も多い。さらに、帰国すれば再び日本に戻れる保証もないという不安もあり、帰国への道は険しい。そのような中でも「日本に来たことを後悔したくない。いつかビルマに戻り、日本で学んだ勤労精神や経験を生かして両国の架け橋になりたい」と話す。

国連難民高等弁務官事務所によるとミャンマー出身の難民は世界に約41万人である。米国などの諸外国に比べ日本での難民認定数、率は桁違いに少なく、難民申請中という不安定な立場で長い期間を過ごす人々が大勢いる。

2012年9月1日、国外にいた88年世代の活動家らがヤンゴンへ戻った。彼らは米国旅券を持ち、ミャンマー政府からビザを得ての帰還である。国籍取得の要件が厳しい日本ではそのような帰国も難しい。祖国には生活のあてがなく、長い生活の中で生活基盤も異国の地へと移り変わった人々が国家の協力なく帰国は困難を極める。民主化するれば帰国し、国づくりに参加したいと強く願いアジアの先進国である日本を頼ってきた人たちに私たちはどれほど手をさしのべてきたのだろうか。

(2012年9月10日掲載)

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