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メディア掲載 : 新聞記事

2012年3月13日-記者の目:震災1年 難民たちの被災地支援/毎日新聞

3月13日付の毎日新聞で、震災を受けて、日本に暮らすクルド難民が行った募金活動や、難民支援協会(JAR)が実施した難民とともに行う被災地ボランティア事業が取り上げられました。

(一部概要)
支え合うことの大切さ痛感

政治的な迫害や地域紛争などから逃れて日本で暮らす難民たちの多くが、東日本大震災に心を痛め、被災地支援を続けている。国外退去の不安。決して豊かでない生活。これらの状況下でも、難民たちは被災者に心を寄せる。国際化や多文化共生が声高に叫ばれる今、難民たちの「被災地への献身と涙」を知ってほしい。

クルドの祭りで寄付集め送金

震災発生直後の昨年3月20日、川口市に隣接する蕨市の市民公園。1年の幸せを願う歌と踊りは中止され、代わりに会場のあちこちに「東日本大震災復興支援」を訴えるチラシがはられた。全員で黙とうした後、参加者らは次々と募金箱にお金を入れた。寄付金は1日で約30万円に。川口市を通じて被災地に送られた。

クルド民族はトルコのほかイラク、イラン、シリアなどの国境地帯に2500万〜3000万人が住むとされる。自治や独立を求めてきたが、複雑な国際政治に翻弄(ほんろう)され続けた。日本には90年代以降、観光ビザなどで入国し、川口市を中心に300〜400人が住んでいるとみられる。故国での迫害を理由に多くが難民申請しているが、NPO法人難民支援協会によると、難民認定を受けたケースは一件もない。

 私が初めて取材したクルド人男性(39)は、18年前に来日。建設現場で働き、妻と3人の子どもと暮らす。クルド文化をもっと日本人に知ってもらいたいと話していたが、思うようにいかず悩んでいた。大震災への思いを聞くと、

「家族をみんな亡くしたお母さんが、思い出の写真を捜して歩くニュースを見て(私の)奥さんが泣いたよ。子どもも泣いた。僕も泣いた。クルド人は悲しいことばっかりで生きてきたから、被災者の気持ちが分かる。一度、被災地へ行き手助けしたい」

妻と3人の子どもと暮らすクルド男性の言葉だ。
 

難民支援協会は震災後、ボランティアとしてクルド人(21人)をはじめ、アフリカ諸国やミャンマーなど100人を超す難民を被災地に送り出した。担当者は「母国へも帰れず、逃げ場のない難民たちは、被災者とふれあい、自分の存在を実感できた。被災者も温かく迎え入れてくれた」と話す。言葉の壁や仕事の悩み、将来への不安、子どもの成長や仲間との語らい......。私は難民たちを取材して、その苦労の中にも、日常の生活があるのを垣間見て、彼らを身近に感じた。互いに理解し、支え合うことの大切さを痛感する。

*記事は一定期間こちらからご覧いただけます。

(2012年3月13日掲載)

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