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注目の難民ニュース

難民(3回シリーズ)/朝日新聞(マイタウン大阪)

2012年6月15日から17日の朝日新聞(マイタウン大阪)で、3回にわたり西日本に暮らす難民の様子が紹介されました。

(概要)

1. ウガンダから逃れた男性
「日本にも難民がいることを知ってほしい」・・・1年前までJR天王寺駅前の歩道橋で、「難民支援」と書かれた募金箱を首からぶら下げていた黒人男性がいた。アフリカウガンダ出身の難民、モセスさんだ。

ウガンダにて民主化運動に参加していたモセスさんは、反政府活動家に対する迫害をのがれ日本にやってきた。08年3月、超過滞在の容疑で入国管理局に逮捕され、その後入国管理センターに約9か月収容された。難民申請が認められず国外退去処分となったが、入管に毎月出頭することなどを条件に、「仮放免」の身となり、以後天王寺駅などで、難民支援を訴える活動を約1年続けていた。

その間、祖国で兄が暴漢に襲われ、まもなくショックで母親が亡くなった。モセスさんの政治活動が原因だった。それ以来、家族は電話に出てくれない。現在、天王寺駅での活動は休止している。一日中、部屋でCNNやインターネットを見て過ごすモセスさんは、「自分の人生に何の意味があるのか、分からなくなる時がある」といらただしそうに語る。

*記事は一定期間こちらからご覧いただけます。

2. 面会続ける学生
2010年春、西東京入国管理センターの収容者がいっせいにハンストを決行した。体調が悪化している収容者たちが、仮放免を認められず、十分な治療も受けられないまま放置されている、と訴えたのだ。

「バファリンを見ると、いまでも入管を思い出す」と、ハンスト後、仮放免が認められたパキスタン人男性は苦笑いする。どんな症状を訴えても、入管の医師はバファリンを出すだけだったという。

表面化しにくい入管施設内の問題にメスをいれたのは、市民や学生たちだった。地元大学生を中心に結成された「TRY」のメンバーは、ほぼ毎週収容者に面会し、収容者のリストを作っている。彼らのねばり強い面会は、西日本入管に様々な変化を生んでいるという。それでも、TRYの副会長は、「常に監視を続けないと、密室のなかでまた何があるか、油断はできません」と話す。

*記事は一定期間こちらからご覧いただけます。

3.「第二の故郷」に恩返し
大阪市北区の中崎町の一角にあるカフェ「朱夏」に新しいメニューが加わった。新メニュー「ギリさんのカレー」は、難民申請者のネパール人ギリさんがスタッフに教えたものだ。

カースト制度による身分制度が残るネパールで、タブーを破って階層の違う女性と恋におち結婚したギリさんは、迫害を逃れて2002年に単身で来日した。入管センターに計2年間収容されたのち、現在は仮放免の身で難民不認定処分の取り消しを求め裁判で争っている。

今年1月、知人の紹介で朱夏を経営する西尾さんと出会ったことから、ギリさんに転機が訪れる。ギリさんの生活支援を申し出た西尾さんへのお返しに、ギリさんはネパールの家庭料理をスタッフに教えるなど、できることで店に貢献している。最近、ギリさんに少しだけ笑顔が戻ってきた。

*記事は一定期間こちらからご覧いただけます。

(2012年6月27日掲載)

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