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この冬、日本に逃れてきた難民の「サバイバル」を支えてください

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東京・四ッ谷にある難民支援協会(JAR)の事務所には年間580人(2014年度実績)の難民が相談に訪れます。来日したばかりの方、何年も難民申請の結果を待っている方など、状況はさまざまですが、最も緊迫するのは毎年、この季節。JARでは、「越冬」に向けた取り組みがはじまります。

日本に逃れてきた難民への公的な支援は非常に脆弱で、どの季節に逃れてきても、難民にとって過酷なことに変わりはありません。しかし、冬の寒さは厳しさに追い討ちをかけます。
来日直後のサバイバルが厳しいのは、最低限の生活を続けられるようにするためのセーフティネットに穴があるためです。働くことのできない難民申請者が生活できるよう、外務省は要件を満たした人に「保護費」を支給していますが、保護費の申請結果が出るまで約2~3ヶ月かかります。

その間、公的な支援は一切ないため、母国からの所持金や周囲に借りるなどして、なんとか自力で生き抜いていかなければなりません。しかし、多くの場合、母国と比べて物価の高い日本で、所持金は数日の宿泊で尽きてしまいます。さらに、日本を選んだ理由は「逃れる先を探すなかで、最初にビザがでたのが日本だった」という偶然が多く、日本に知人がいないため、助けを求められるあてもありません。インターネットで検索し何とか情報を得てJARにたどり着く頃には、100円以下の残金でしばらく食べていない、という方も珍しくありません。
そのような状況から、さらに2ヶ月以上にわたって公的支援なく生きていくことはとても大変です。何とか命をつないでいけるよう、JARでは軽食や緊急支援金、一時的な宿泊施設(シェルター)を提供していますが、限りがあります。特にシェルターは常に満室で、ホームレス生活に耐えながら順番を待つ人が何人もいる状態が続いています。

あるシリアから逃れてきた方は、「最初の6ヶ月は仕事をすることを禁じられていたため、借金をして食いつなぎました」と話します。彼の場合は、自力で知り合いを作り、助けを求めることができましたが、いずれにせよ、半年間、収入がない中で生活することは楽ではありません。

ホームレスに陥る時期が冬に重なると、サバイバルはより過酷です。JARを訪れる人の半数以上はアフリカ出身で、寒さを経験したことのない人も少なくありません。シェルターの順番が回ってくるまでの間、防寒着や寝袋をお渡しして凌いでいただきますが、「寒すぎて、とてもじゃないけどじっとしていられない」と夜通し歩いて体を温め、日中に事務所で仮眠をとる人もいます。あまりに過酷で先の見えない生活から、落ち込んで体調を崩してしまう人もおり、スタッフは心のケアもしながら冬を無事乗り越えられるよう支援をしています。

皆さまからのご寄付によって、ホームレス生活で体調を崩した方が、数泊ベッドで休息するための宿の手配や、事務所に相談にくるための交通費や最低限の食費など、緊急支援を続けることができます。日本に逃れてきた難民が無事に春を迎えられるよう、ご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

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外務省による保護費とは?
保護費とは外務省が難民申請中の生活困窮者に対して支給している支援金です。ただし、日本で生活していく上で決して十分な金額ではありません。支給されるのは生活費1,500円/日、住居費上限4万円/月(単身の場合)と、生活保護の約3分の2の水準です。医療費は必要に応じて実費が後日、支払われます。別に収入を得た場合には、同額が支給額から差し引かれます。そのため、保護費をもらえたとしても引き続き困窮した生活を送らざるを得ず、食品・日用品などの物資支援を求めて定期的にJARを訪れる方は少なくありません。また、難民申請の結果が出るまで平均3年かかりますが、保護費の平均受給期間は14ヶ月(*)と限定的です。
第189回国会・質問第233号参議院議員石橋通宏議員 「我が国における難民認定の状況に関する質問主意書」による

※写真はイメージです。

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(2015年12月5日掲載)

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