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難民支援協会と、日本の難民の10年

第3回 瀋陽事件が動かした難民認定制度:初めての法改正とその実態

2002年5月、保護を求めて中国・瀋陽にある日本総領事館に逃げこんだ朝鮮民主主義人民共和国出身の一家が、中国警察に拘束される事件が起きました。領事館の敷地のなかで保護を希望する家族を取り押さえる中国人警官と、それを傍観する領事館職員をとらえた衝撃的な映像、また在中国日本大使の「不審者は入れるな」という発言が、保護すべき難民の受け入れに消極的な日本政府の姿をうつしだしました。

これをきっかけに、難民保護制度見直しの機運が一気に高まります。難民支援協会(JAR)も、各政党やマスコミに対して、よりよい難民保護のあり方を提案し、政治家の理解・協力をもとめる活動(ロビイング)に本格的に乗り出しました。政府は世論の高まりを受け、2004年6月には出入国管理及び難民認定法(この項では以下、難民法)の一部を改正する法律を制定し、翌年から新しい難民認定手続きを導入しました。

大きく制度が動くこととなった初めての事件。今回は、この瀋陽事件を契機として難民認定制度の何が変わり、難民を取り巻く環境がどう変化したのか振り返り、その中から見えてきたJARの役割を考えます。

市民が声をあげ、政治が動き、制度が変わった

 瀋陽事件は、それまであまり注目されることのなかった難民行政のあり方に国民の関心がむき、政府の姿勢を問う転機を作り出しました。当時の報道を振り返ると、「亡命受け入れ腰定まらず」(2002年5月12日 日本経済新聞)、「亡命希望者 門前払い許されぬ」(5月16日 読売新聞)、「『人権小国日本』を露呈」(同日付 朝日新聞)など厳しい見出しが続いています。政府へのあいつぐ批判を受け、森山真弓法務大臣(当時)は難民認定のあり方に反省すべき点があったとし、制度見直しの必要性を認め、法務大臣の私的懇談会として「難民問題に関する専門部会」を設置します。また法務省の動きと並行し、立法府でも各政党の国会議員が難民制度・政策の見直しにむけて検討・議論を始めました。

 こうした動きを追い風に、JARは難民申請者への法律支援(難民申請手続き)や生活支援を行うなかで直面してきた様々な問題点を整理し、「現場の声」として発信しはじめます(参考資料はこちらから)。筒井志保事務局長(当時)が中心となり、各党の国会議員のもとに理解と協力を求めて奔走しました。JARの知名度はまだ低く、面会の約束を取りつけるのも困難ななか、地道に足を運びました。その結果、自民党、民主党、公明党がそれぞれのプロジェクトチームにおいて難民制度・政策についてまとめた方針や改善案に、JARの提言の一部が反映されました。各党の提案と法務省の専門部会がまとめた報告書の一部をもとに難民法改正案が作成され、国会審議ののち、2004年5月に成立、2005年から施行となりました。


日本の難民保護に関する情報発信としてシンポジウムを主催。
パネリストを務める筒井志保

こうして制定から20年以上見直されることのなかった難民法が、世論の動きに押され、ようやく改正されたのです。改正の範囲が認定の手続き面の一部に限られたことは、申請から定住まで生活面を含め一貫性のある難民保護の制度を提案してきたJARにとって、「満足」とは言いがたいのもたしかです。しかし筒井は、「不動の扉が開きだした」という点で、この法改正は貴重な第一歩だったと振り返ります。(参考:「法改正にあたっての意見」

法改正から5年、「難民鎖国」は開かれたのか

 この法改正により、難民認定の手続きが主に3つの点で変わりました。まず、入国後60日以内に難民申請しなければならないというルールが廃止されました。第二に、一定の条件を満たせば「仮滞在許可」が与えられ、申請中は「仮に」日本に滞在できることになり、摘発、収容、送還の対象とならなくなりました。第三に、入国管理局が行う難民認定の異議審査の過程に、民間から選ばれた有識者が「難民審査参与員」として参加する制度が導入されました。(詳しくはこちら

 JARの設立10周年にあたる2009年、難民法は改正から5年目を迎えました。法改正は難民保護にどのような影響をもたらしたのでしょうか。

 2009年6月20日の世界難民の日にむけた記事に、難民問題を追い続けている共同通信記者・原真さんは、「日本は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に昨年、米国に次ぐ1億ドル(約100億円)を拠出するなど、海外の難民支援には積極的だ。しかし、来日して保護を求める難民には冷たい。」と記しています。

 原さんが日本の難民認定制度はいまだ狭き門だと指摘する背景には、まだ改善すべき点が多くあるということに加え、5年前に法改正により導入された制度が十分に機能していない現状があります。たとえば「仮滞在許可」が与えられた難民申請者は全体の9-10%と低い適用率にとどまり、相変わらず多くの人が審査中にもかかわらず、収容され、強制送還されるなど、不安定な状態に置かれています。


群馬の難民コミュニティを訪れ、緊急支援を行っている様子

また認定審査にかかる期間も、申請者数の急増にしたがい、長期化しているのが現状です。最近では平均2年間、長い場合は5年以上かかることもあります。この間の申請者の生活に関する制度的な保障は一切ありません。そのため多くは、働くことや、住居をみつけ、最低限の生活を維持することもままならない状態におかれます。2009年には生活に困窮する申請者への唯一の公的支援金である「保護費」の支給基準がより厳しくなり、支給が一時停止され、100人以上の申請者がその日の宿や食事に窮するなど、危機的な状況になりました。JARをはじめ7つの民間団体は、共同で難民支援緊急キャンペーンを行い、集まったご寄付でこうした申請者を支援するとともに、記者会見等をつうじたメディアへのアピール、国会議員へのロビイング等を行いました。その結果、最終的には保護費の支給が再開されましたが、今もなお先行きが不透明で、多くの申請者が厳しい生活を余儀なくされていることに変わりはありません。

 この法改正には、「3年後を目処に検討を行うこと」という附帯決議がつき、新たな制度の運用状況によっては、見直しを検討することになっていました。すでに5年が経過しいくつかの改善すべき点も出てきていますので、政府にこうした「検討」を求めていくことが必要と考えています。


現場の声を生かすために

 瀋陽事件のような大きな事件には世間の注目が集まりますが、その関心を持続させるのはとても難しいことです。日本社会のなかで、最も見えにくいところでひっそりと生きる難民たちの声に、どうしたら耳を傾けてもらえるか――瀋陽事件以降、JARは考え続けてきました。世論の関心は、制度をよりよいものに変えていくために不可欠な後押しだからです。

 原さんは、メディアは常に新しいものを追いかけ、ニュース性のある話題やネタを探している、だからこそ申請者の実情をよく知るJARのような実務を担う団体が、積極的に発信し、また政策提言を行うことを期待している、といいます。また、難民保護については、「法改正で導入された制度がきちんと運用されていない実態を指摘していくことで、まずはすでにある制度の適切な運用を実現する、その上で長期的な視点に立ったよりよい制度を提案する、といった段階的なアプローチも必要性だ。そのためには戦略的にロビイングを行い、政策形成過程に関わっていく必要があり、またそれを実行するための組織の強化も大切である」と指摘しています。

難民申請者が日々直面する現実と課題を直視し、難民保護の理想を追いながらも、地に足をつけて現実的な政策を提案し、わかりやすいメッセージやニュースを広く発していくこと――それが10周年をむかえたJARに期待されるもう一つの役割だと思いを新たにしています。JARは、改めて2009年に総合的な政策を求める提言を発表したほか、2009年から難民への認知を広げるための取り組み「Lights for Rights」キャンペーンを開始し、今後さらに本格的に展開していく予定です。わかりやすいメッセージを発し、それをいかに大きなムーブメントにつなげていけるか、今、大きなチャレンジに取り組んでいます。

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